2025年6月1日、カナダの人々に長年親しまれてきた「ハドソンズ・ベイ(Hudson’s Bay)」がその全店舗を閉鎖し、実質的に354年の歴史に幕を下ろします。従業員の約89%にあたる8,347人が解雇されるというニュースは、単なる企業の清算という枠を超え、時代の変化とビジネスの厳しさを象徴する出来事として、私たちの記憶に残るでしょう。
かつての「国家戦略企業」がたどった終焉
ハドソンズ・ベイ・カンパニーは、1670年に英国王室の勅許により設立された国策会社であり、当初は毛皮貿易を通じて北米の開発と統治に深く関わっていました。その後、百貨店業態への転換を経て、カナダにおける生活の象徴的存在となり、国内唯一の資本系百貨店としても知られてきました。
それがなぜ、ここまで追い詰められたのか。背景には、11億カナダドルを超える債務と長期にわたる赤字、そして経営再建を阻んだ不動産戦略の失敗があります。特に、RioCanによる12店舗の家賃滞納訴訟が致命的でした。事業再建の柱としての店舗運営の信頼性が崩れたことで、裁判所も清算判断に舵を切らざるを得なかったのです。
百貨店モデルの終焉か、それとも進化の兆しか
この破綻劇を「伝統的百貨店ビジネスの終焉」と見る声は少なくありません。EC化、モールの衰退、消費者ニーズの変化──百貨店を取り巻く構造的な課題は多く、ハドソンズ・ベイも例外ではありませんでした。再建案が「具体性に乏しい」と退けられたのも、旧来の店舗モデルを維持したままの姿勢に限界があったからでしょう。
ただ一方で、「ハドソンズ・ベイ」の商標や知的財産は、カナディアン・タイヤによって3,000万カナダドルで買収される予定です。これはつまり、「ブランド」としての価値は依然として評価されているということ。今後、名前だけが残され、別の形で再起する可能性もあるのです。
歴史は終わらない。私たちが受け継ぐべき教訓とは
創業から354年。世界最古級の企業が幕を下ろすとき、私たちは単なる「経営破綻」ではなく、企業の寿命や再生の可能性、そして時代に応じた変革の重要性を見つめ直すべきです。業績だけではなく、社会とのつながりや従業員の雇用といった「企業の生態系」全体に責任を持てるか──それが問われる時代がすでに始まっています。
ハドソンズ・ベイの清算は、ビジネス界における「終わりの形」の一つであり、また未来の企業経営にとっての示唆でもあります。この歴史の終幕を、無駄にしてはならないでしょう。