「なみえ焼そば」商標騒動に見る──地域ブランドと商標運用の難しさ

福島県浪江町のご当地グルメ「なみえ焼そば」を巡り、商工会が飲食店からロイヤルティーを徴収しようとした方針を撤回したというニュースが報じられました。今回の件は、単なる“名前の使い方”の問題にとどまらず、地域ブランドと商標制度のあり方、さらに事業者とのコミュニケーション不足が招いた混乱という複合的な問題を示しています。
本稿では、経緯と背景を整理した上で、この問題が何を示しているのか考察していきます。

なぜ商工会はロイヤルティー徴収を始めたのか

「なみえ焼そば」は地域おこしの成功例として全国的に知られています。特に2013年のB-1グランプリ優勝によって知名度が一気に広がり、浪江町の復興の象徴でもありました。

商工会は2017年に名称を商標登録し、今年10月には以下の形でロイヤルティー徴収を開始しました。

  • 登録料:1社あたり3,000円
  • 使用料:売り上げの2.5%(飲食店含む約20事業者を対象)

商工会の説明によれば、普及活動の資金確保が目的だったとされます。地域ブランド強化のための予算確保という意図自体は理解できる部分があります。

しかし最大の問題は “商標の適用範囲” と “説明不足”

今回の撤回の直接的な理由は、弁護士からの指摘で「飲食店内での提供物には商標権が及ばない」ことが判明したためです。
これは商標法の基本ですが、意外と誤解されやすい部分でもあります。

  • 商標権が及ぶのは「商品」や「サービス」の表示
  • 飲食店内のメニュー名は、通常「役務提供の表示」とは扱われにくい
  • 一方、道の駅の物販用パッケージのような“商品”には商標権が及ぶ

つまり、飲食店が「なみえ焼そば」とメニューに書いただけでは商標侵害にならないということです。

加えて、商工会が事前の十分な説明をせず、突然ロイヤルティー徴収を始めたことが、事業者の反発を招きました。

「杉乃家」の対応が象徴する“信頼の揺らぎ”

特に象徴的だったのが、長年「なみえ焼そば」を提供し続けてきた老舗「杉乃家」の反発です。

  • 原発事故後も避難先で提供を継続し、地域ブランドを支えてきた店
  • しかし突然のロイヤルティー要求に対し、「杉乃家の焼そば」と名称変更
  • 商工会は後に「説明不足だった」と謝罪し、問題は解決したと発表

とはいえ、店主は「今後も『なみえ焼そば』の名称は使わない」と明言しており、ブランドを巡る信頼関係には深い傷が残ったと見るべきでしょう。

地域ブランドは“権利の行使”より“共創の姿勢”が重要

今回の件が示しているのは、地域ブランドにおける商標運用の難しさです。

商標登録そのものは正しい。しかし使い方が問われる。

地域ブランドを守るために商標を取得することは一般的で、大きな間違いではありません。しかし、重要なのは “権利をどう行使するか” です。

  • 権利を盾に徴収を強行すると、地域の事業者と対立しやすい
  • ブランドは地域ぐるみで育てるもの
  • とくに歴史を支えた店への配慮は必須

商工会が今回謝罪し、飲食店への徴収を取りやめたことは妥当な判断だと言えます。

今後どうすべきか──全国のご当地グルメにも通じる教訓

「なみえ焼そば」の件は、全国のご当地グルメや地域ブランドにも関係する示唆があります。

商標の意義と限界を正しく理解する

行政や商工会が商標を取るケースは多い一方、その運用方法を誤ると地域の分断を招きます。

商標運用には事業者との丁寧な合意形成が必要

突然の徴収ではなく、背景・目的・使途を明確に説明し、意見交換を行うことが不可欠です。

ブランドは“権利の管理”ではなく“価値の共有”で強くなる

地域ぐるみでブランド価値を高める姿勢が最終的に観光や販路拡大につながります。

今回の混乱を経て、ブランドの再構築へ

今回の騒動は、浪江町商工会にとっても、地域事業者にとっても学びの多い出来事だったと思います。
大切なのは、これから「なみえ焼そば」という地域ブランドをどう育て直すかです。

商工会と事業者が歩み寄り、ブランドの価値を地域全体で共有しながら、より良い形で再構築していくことを願っています。
そして「杉乃家」のように長年支えてきた事業者が、今後も地域グルメの魅力を発信し続けられる環境づくりこそ、真の地域振興につながるのではないでしょうか。