「安価な正義」は幻想だったのか?――米著作権請求委員会(CCB)の3年とその限界

2022年、アメリカ著作権庁の下に新設された「著作権請求委員会(Copyright Claims Board:CCB)」は、著作権をめぐる小規模紛争を弁護士なしでオンライン解決できる画期的な仕組みとして、多くの期待を集めてスタートしました。高額訴訟を起こす余裕のないインディークリエイターたちにとっては、まさに“庶民のための正義”の登場とも言える制度でした。

しかし、その運用開始から約3年が経った今、CCBに対する評価はきびしいものとなっています。

成果わずか、コストは巨額

報告によれば、CCBに寄せられた1200件超の請求のうち、最終的な決定が下されたのはわずか35件。累積の損害賠償額は約7万5000ドル(約1070万円)であるのに対し、運用コストは540万ドル(約7億円)にも上りました。1件あたりのコストはおよそ78万円――いかに制度の効率が悪いかが浮き彫りになっています。

本来は「高すぎる司法コストの代替」として設計されたCCBが、逆に“高コスト低効果”の象徴になってしまっているという皮肉な構図です。

不適切請求と制度疲弊

さらに深刻なのが、件数の8割を超える却下率。中でも「不遵守(不備や応答なし)」による却下が約470件と突出しており、請求の質の低さと制度への無責任な利用が常態化している現状が見て取れます。申請手数料は40ドルと比較的低額で、これは制度の敷居を下げる意図があったものの、同時に“軽率な請求”を誘発してしまった面も否めません。

専属弁護士が費やす審査時間が、結果として「消える請求者」のために浪費されているという指摘も、制度疲弊の現実を突きつけます。

欠席判決と「実効力のなさ」

また、最終決定のうち60%が被申立人不在の“欠席判決”だったことも問題視されています。CCBの裁定には連邦裁判所のような強制力がないため、実質的な救済が得られない可能性もあります。裁判コストを抑えたはずの簡易制度が、手続きの簡素さゆえに「まともな対話すら成立しない場」に陥っているのです。

本来の理想と現実のギャップ

CCBは本来、著作権を侵害された市井のクリエイターたちを守るための制度でした。法の恩恵を等しく届けるという理念に基づいた制度設計にも関わらず、実態は「手間のかかるオンライン掲示板」になりかねない状況にあります。

制度が生きるには、手数料によるフィルター強化や請求内容の事前審査の厳格化、さらには裁定に実効力を持たせるための法改正など、構造的な見直しが不可欠です。

制度は、理念だけでは機能しない

監視団体連合は、現状のCCBについて「任務遂行の能力が実証されるまで、案件や権限の拡大は控えるべき」と冷静な分析を下しました。理想を掲げるだけでは制度は育ちません。現実に即した制度設計と、運用の精緻化がなされて初めて、「正義へのアクセス」は確かなものになります。

著作権を守る戦いは、決して制度設計だけで完結しません。CCBの3年は、それを私たちに痛烈に示したのです。