中国において、アニメやゲームなどのキャラクターを軸としたIP(知的財産)ビジネスが、いま大きな広がりを見せています。日本では「オタク文化」として語られてきた分野は、中国語では「2次元文化」と呼ばれ、特にZ世代を中心とする若年層に深く浸透しています。この動きは、日中関係が政治的に緊張する局面にあっても、ほとんど影響を受けていない点が特徴的です。
政治と切り離される「推し活」という個人の領域
報道で紹介された上海の事例は、その象徴といえます。日本アニメ『黒執事』の主人公に扮した女子大生が語る「推し活は精神の充足」という言葉は、2次元文化が単なる娯楽を超え、個人の内面を支える存在になっていることを端的に示しています。
ここで注目すべきは、国際政治や外交関係といったマクロな緊張が、個人レベルの文化消費にはほとんど波及していない点です。動画配信サイトの普及により、コンテンツへのアクセスは国境や政治的摩擦から切り離され、「好きなものを好きな形で享受する」環境が整っています。2次元文化は、政治的立場やナショナリズムから距離を保ちやすい、極めて私的な消費領域として機能しているのです。
数字が示す、中国2次元市場の成長スピード
調査会社・艾媒諮詢のデータによれば、中国の2次元関連市場は2024年に約5977億元(約13兆円)規模に達し、2019年比でほぼ2倍に成長しました。さらに2029年には8344億元に拡大する見通しとされています。この成長は一過性のブームではなく、構造的な市場拡大であることを示唆しています。
この市場の中核を支えているのが、『ハイキュー!!』や『呪術廻戦』といった日本発アニメのキャラクターです。作品世界の完成度、キャラクター造形の深さ、物語への没入感といった要素が、言語や国境を越えて受容されている点は、日本IPの競争力の源泉といえるでしょう。
国産IP育成を進める中国の戦略と、その難しさ
一方で、中国政府は「文化強国」を掲げ、自国IPの育成にも力を入れています。これは単なる経済政策ではなく、ソフトパワー向上を国家戦略として位置づける動きです。2次元文化の巨大市場を、自国コンテンツの成長エンジンとして活用したいという意図は明確です。
しかし、IPビジネスは短期間で模倣や量産によって成功する分野ではありません。長年にわたる創作の蓄積、ファンとの関係性、作品世界への信頼といった無形資産が不可欠です。その点で、日本のアニメIPは、時間をかけて培われた文化的厚みを持っています。中国が国産IPを育成する過程では、経済的投資だけでなく、創作環境や表現の自由度といった、より根源的な要素が問われることになるでしょう。
日本IPが示す「静かなソフトパワー」
今回のニュースが示しているのは、日本のキャラクターIPが、政治的文脈とは異なる次元で中国社会に根を張っているという事実です。行列のできるグッズショップや、屈託なく「推し」を語る若者の姿は、日本のソフトパワーが対立や緊張を超えて機能していることを物語っています。
これは声高な主張や国家間の交渉による影響力ではなく、個人の感情や日常に静かに入り込む力です。2次元文化を通じた日本IPの存在感は、今後も中国市場において一定の重みを保ち続けるでしょう。同時に、その市場で中国独自のIPがどのように育ち、競合・共存していくのかは、アジア全体の文化産業の行方を占う重要なテーマになりそうです。
