2025年4月23日、中国商務部は、EUが世界貿易機関(WTO)の紛争処理パネルによる判断に不服として、「多数国間暫定上訴仲裁アレンジメント(MPIA)」へ上訴した件についてコメントを発表しました。問題の中心は、標準必須特許(SEP)を巡る中国とEUの対立です。中国はこの判断を歓迎し、MPIAの枠組みに基づき自国の権益を守る姿勢を示しました。
SEPとは何か?その背景にある対立構造
SEP(Standard Essential Patent)は、国際的な技術標準を実現するために不可欠な特許を指します。たとえば5G、Wi-Fi、MPEGなどの通信規格には多くのSEPが組み込まれています。SEPを保有する企業は他社にライセンス供与する義務がありますが、そのライセンス料の適正性や執行の場を巡っては、各国でしばしば争いが発生しています。
今回のWTOパネル判断は、EUが中国企業に対してSEPのライセンス交渉における「差止命令の濫用」を主張した点に対し、中国の主張を支持したものと見られています。
MPIAへの上訴──制度の空白を補う枠組み
通常、WTOの紛争処理機構には最終審として「上級委員会」が存在しますが、現在その機能は米国の反対により事実上停止しています。これに代わるものとして、EUや中国などの一部加盟国はMPIA(多国間暫定上訴仲裁アレンジメント)という代替的な上訴制度を設立しています。
EUによる上訴は、このMPIAの枠組みの試金石とも言えるものであり、国際知財秩序の在り方や、WTO体制の信頼性が改めて問われる局面に入ったといえるでしょう。
中国の戦略──「知財保護国」から「ルール形成国」へ
中国は、かつて知財「侵害国」として批判されてきた歴史がありますが、近年は国内での知財保護制度の整備を進め、WIPO統計でも世界最多の特許出願数を誇る「知財大国」へと変貌しています。
今回の発表でも、中国は「知財保護を重視してきた」と強調し、国際ルールに基づく多国間主義を支持する姿勢を明確にしました。これは単なる防御的な対応ではなく、国際的なルール形成の場において主導権を握ろうとする積極的な姿勢の現れとも読めます。
今後の展望──知財と貿易の接点としてのSEP問題
SEPは、単なる技術ライセンスの問題ではなく、経済安全保障・産業政策・外交戦略と直結するトピックです。今後、EUと中国の間でさらに法的・政策的な駆け引きが続くことは間違いありません。
MPIAでの判断がSEPに関する新たな国際的な基準となるのか、それとも対立を深める一因となるのか。知財と国際貿易の接点に立つこの争点は、今後の技術覇権争いを占う上でも注視すべき重要なテーマです。