2026年の年頭にあたり、特許庁長官から示された新年のメッセージは、単なる年始の挨拶にとどまらず、現在の日本経済が直面している構造的転換と、その中で知的財産政策が果たす役割を明確に打ち出したものだと感じます。そこには、「賃上げ」「投資」「生産性」「AI」「知財経営」といったキーワードが一貫したストーリーとして結び付けられています。
賃上げと投資の潮目をどう持続させるか
長官のメッセージの冒頭で強調されているのは、30年以上ぶりとも言われる賃上げの動きや、民間設備投資の過去最高水準です。これは偶発的な好況ではなく、日本経済が「コスト削減型」から「成長型」へと移行できるかどうかの分岐点にあるという問題意識に基づいています。
ここで重要なのは、賃上げと投資が一時的な現象で終わらず、生産性向上を伴う持続的な成長につながるかどうかです。その鍵として位置付けられているのが、知的財産を起点とした価値創出の好循環です。
知的財産を「守る」から「稼ぐ」へ
今回のメッセージを通じて一貫して示されているのは、知的財産を単に保護する対象としてではなく、収益を生み、投資を呼び込み、次のイノベーションを生み出すための中核資産として捉える姿勢です。
特許を取得すること自体が目的なのではなく、事業戦略と一体で取得・活用し、その結果として企業の「稼ぐ力」を高めることが政策の中心に据えられています。「事業戦略対応まとめ審査」などの取り組みは、まさにその考え方を制度として具体化したものだと言えるでしょう。
世界最速・最高品質の審査とAI活用
特許審査については、平均14か月以内というスピードを維持する方針が改めて示されました。注目すべきは、その背景にある問題意識です。外国語文献の増加や、AI技術の浸透による発明の高度化・複雑化により、審査の難易度は確実に上がっています。
その中で、単に人手を増やすのではなく、デジタル技術やAIを積極的に活用しつつ、人間中心やアカウンタビリティといった理念を明示する「JPO AIビジョン」を策定するという点は重要です。さらに、日米欧三極特許庁でAI活用の理念を共有し、世界をリードしていく姿勢は、日本の特許行政が国際的なルール形成にも関与していく意思表示と受け取れます。
知財経営の裾野を広げる支援策
大企業だけでなく、中小企業やスタートアップ、大学にまで視野を広げている点も、今回のメッセージの特徴です。知財経営支援ネットワークや、専門家派遣事業を通じて、知的財産と経営を一体で支援する体制を整えることは、イノベーションの担い手を広げる上で不可欠です。
特に、研究成果の社会実装を目指す大学発スタートアップにとって、早い段階から知財戦略を構築できる環境は、成長のスピードと質を大きく左右します。
海外展開と取引適正化への視線
海外展開支援としてのPPHの拡充や、タイとの新しい形の協力は、日本企業の国際競争力を高める実務的な施策です。同時に、知的財産取引の不当な慣行に対して取引適正化を進める姿勢は、知財を「安心して使える資産」にするための土台整備だといえます。
権利があっても、取引の現場で不利益を被るのであれば、知財は十分に活用されません。この点に正面から向き合っていることは評価すべきでしょう。
成長戦略としての知的財産政策
全体を通して感じるのは、特許庁の役割が「審査機関」にとどまらず、日本経済の成長戦略の一翼を担う存在として明確に位置付けられている点です。迅速かつ高品質な審査、AI活用、知財経営支援、国際連携は、それぞれが独立した施策ではなく、「稼ぐ力」を強化するための一連の流れとして設計されています。
おわりに
今回の新年メッセージは、知的財産政策がマクロ経済の文脈と強く結び付いていることを改めて示しています。賃上げと投資の好循環を一過性に終わらせないために、知的財産をいかに活用するか。その問いに対する、特許庁としての明確な方向性が示された年頭のメッセージだといえるでしょう。
今後、これらの方針がどのように実務や企業行動に落とし込まれていくのか、引き続き注目していきたいと思います。
