日本育成の高級ブドウ、海外で“量産”化
日本で育成されたシャインマスカットは、国内で栽培面積が2022年に2,673 ha。ところが、中国では約7.37万 ha、韓国でも6,067 haと、無断・非正規の栽培が飛躍的に拡大しています。
この結果、海外で「日本品種」として流通するシャインマスカットが増え、国内産地・知財保護・ブランド価値への影響が浮上しています。
何が起きているのか?知財と栽培のギャップ
- この品種は、農業・食品産業技術総合研究機構(農研機構)が30年近くかけて開発した登録品種ですが、日本以外の国では品種登録がなされておらず、栽培・販売を禁止できない状況です。
- 海外では、苗木の流出・無断増殖が起きており、特に中国・韓国で栽培面積が急増。中国ではブドウ全体の栽培面積のうち約10%がこの品種とみられ、韓国では約41%という推計もあります。
- そのため、国内では「ブランド/高付加価値品」としての地位が揺らぎつつあり、輸出・価格・国内産地の収益にとって大きなリスクとなっています。
国内の反応と矛盾:ライセンス許諾提案 vs 産地の反発
- 農林水産省 は、海外での非正規生産を抑止するため、ライセンス許諾制度を検討。たとえば、ニュージーランドに子会社を持つ日本企業に対して「正規品」としての栽培・販売許可を検討していることが報じられています。
- 一方で、国内産地(例えば山梨県)は“まずは輸出環境を整えた上で、同じ土俵で競えるようにせよ”と強く反発しています。輸出が進まない中で、海外に許諾を出せば、国内生産者の競争力が一層落ちるとの懸念です。
- また、ライセンス許諾をしても、海外での品質管理・流出リスク・契約違反等の“実効性”に疑問の声があります。「正規後の二次・三次流出を止められるのか?」という生産者の声も。
考察:知財・ブランド・農産物ビジネスの交差点
ここから、知財・農産物ブランド・国際展開という観点で、いくつか論点を整理します。
知財保護が十分でなかった
日本国内で品種登録を取得していても、海外で登録しておらず、法的に栽培・販売を制限できないのが根本原因の一つ。
つまり、品種開発だけでなく、輸出先・潜在的栽培国を見据えた「国際的な品種登録・ライセンス戦略」が必要だったと言えます。
ブランド価値 vs 量産・低価格の潮流
海外での安価な生産が拡大すれば、国内の高付加価値戦略と対立する可能性があります。国内では「高級果実=シャインマスカット」というブランドが成立していましたが、量産・廉価流通が進むとブランド希少性が薄まり、価格が揺らぐリスクがあります。
このような流れは、国内農業が“量より価値”を目指す中で大きな構造的チャレンジと言えます。
海外ライセンス戦略のメリットとリスク
ライセンスを通じてロイヤリティ収入を得つつ、海外生産国を“公認制度”に巻き込んでブランド管理するという考え方には魅力があります。実際、評論家の 橋下徹 氏は「これは最強のビジネスモデルだ」と指摘しています。
しかし、実効性としては以下のリスクがあります。
- 許諾先国・企業が契約を順守せず、二次流出・不正利用が起きる可能性
- 海外生産品が日本産と競合し、国内市場価格を押し下げる可能性
- 品質管理が徹底できず、ブランド毀損につながる可能性
国内産地・生産者の視点
国内の生産者は、「まず自分たちが公平に輸出できる環境を整えてほしい」という声を上げています。輸出量が十分でないまま海外許諾を出せば、自分たちが国内で守るべき優位性を自ら手放すような構図になりかねません。
また、「流出してしまった苗木・枝」の物理的移動を止めること自体が極めて難しい(例えば剪定枝から挿し木可能など)という声も。
つまり、制度設計の前提として「生産現場・輸出環境・産地の理解」が整っていないと、政策が逆風になり得るということです。
取るべき対応策と見通し
この問題を踏まえ、今後日本の農業・品種開発・ブランド戦略が取るべき方向を整理します。
- 国際的な品種登録・知財戦略の強化
品種開発と並行して、主要輸出先・栽培拡大が想定される国での登録を早期に行う。法的枠組みを整備することで、流出リスクを抑制。
- 海外ライセンス制度と連動した生産・監視体制構築
許諾先国・企業と契約を結び、ロイヤリティ・品質基準・流通管理を明文化。さらに、定期監査・DNA鑑定・ブランド表示管理などの仕組みを設ける。
- 国内産地の支援と輸出環境整備
まず国内産地の生産力、輸出ルート、検疫・物流体制を強化し、国内産品が海外産と“同じステージ”で勝負できるようにする。
- ブランド価値差別化と消費者訴求
国内産シャインマスカットを「日本産」「産地明記」「品質保証付き」として明確に差別化し、消費者に対して“価格だけではない価値”を説く。
- 流出が進んだ実情からの学びとしての苗管理強化
枝・苗木の移動管理、出所トレーサビリティ、農家・協会レベルでの内部ルールを整備する。
私なりの予測と論点
- 今後、国内産シャインマスカットの“価格プレミアム”維持が難しくなる可能性があります。特に東南アジア市場で海外産が価格訴求力を持てば、国内高級路線は縮小圧力を受けるでしょう。
- ただ、国内外で「日本産=品質・ブランド」という認知が確立できれば、日本産農産物にとって逆に大きな武器になる可能性もあります。つまり「量ではなく価値勝負」への移行が鍵。
- また、この事案を契機に、日本の農業・果樹・品種開発分野で「知財ビジネスモデル(物を作って売るだけでなく、権利を許諾して収益を得る)」への意識が高まると予想します。
- ただし、制度設計・監視体制・国際法整備などの“ハードル”も大きく、スムーズな移行には時間がかかるでしょう。産地・農家の理解と協働が不可欠です。
農産物ブランドを守るための「知財+現場」アプローチ
シャインマスカット事案は、単なる品種流出問題ではなく、「日本の農産物ブランドが、グローバル化と知財展開の中でどのようにポジションを築くか」という課題を突きつけています。
国内で技術を開発し、高付加価値化を実現してきた日本の果樹農業。今後はその成果を「国際版知財戦略」「産地価値の訴求」「ブランド維持のための体制構築」といった複合的な視点で守り育てていく必要があります。
国内生産者・行政・品種開発機関が連携し、「量を追わず、質と価値を世界に問う」体制を整えることが、これからの日本農業の生き残り戦略となるでしょう。
