中国・バイトダンス社が新たに公開した動画生成AI「Seedance 2.0」をめぐり、アメリカ映画業界が強い警戒感を示しています。アメリカ映画業界団体モーション・ピクチャー・アソシエーション(MPA)の会長兼CEOチャールズ・リブキン氏は、同サービスが米国著作権作品を大規模に無断使用しているとして、直ちに侵害行為を停止するよう求めました。
SNS上では、わずか数行のプロンプトから、トム・クルーズ氏とブラッド・ピット氏が格闘する映像が生成されたとされる動画などが拡散されています。既存の著名俳優や映画の世界観を想起させる映像が容易に作成できることに対し、映画業界は強い危機感を抱いています。
本件は単なる技術革新の話題ではなく、著作権制度の根幹を揺るがしかねない重大な問題を含んでいます。
なぜ映画業界は強く反発しているのか
映画産業は、多額の制作費と膨大な人材の協働によって成り立っています。脚本家、監督、俳優、撮影、編集、VFX、配給など、数百万規模の雇用が著作権制度によって支えられています。リブキン氏は、著作権法を軽視するAIサービスがこの産業基盤を侵食することへの懸念を明確に示しました。
問題の核心は、次の二点にあります。
第一に、AIの学習データとして既存の著作物が利用されている可能性です。もし許諾なく学習が行われていれば、複製権侵害の問題が生じ得ます。
第二に、生成物そのものが既存作品に実質的に類似する場合の問題です。特定俳優の肖像やキャラクター性を想起させる映像が生成されれば、著作権だけでなくパブリシティ権や不正競争防止法上の論点も浮上します。
単なる「似ている」レベルを超え、「実質的に同一」と評価される場合には、法的責任が問われる可能性が高まります。
技術進歩は止められないという現実
一方で、映画脚本家レット・リース氏の「我々は終わりだ」という発言が象徴するように、創作現場ではより根源的な不安も広がっています。
生成AIは、制作コストを劇的に下げる可能性があります。もし高品質な映像制作が個人レベルで可能になれば、従来型の映画制作モデルは大きな転換点を迎えます。才能ある個人がAIを駆使して長編映画を生み出す時代が到来する可能性は否定できません。
しかし、ここで冷静に考えるべき点があります。
技術が高度化しても、物語構造、演出力、観客心理の把握といった創作の本質は依然として人間の能力に依存します。AIは強力な道具ではありますが、創作主体そのものとは言い切れません。
問題は、「創作の民主化」が既存の権利保護とどのように両立するのかという点にあります。
既に始まっている法廷闘争
生成AIをめぐる訴訟はすでに現実のものとなっています。2025年6月には、ウォルト・ディズニーおよびNBCユニバーサルが画像生成AIを相手取り、著作権侵害を理由に提訴しました。今回のSeedance 2.0も、同様のリスクに直面していると考えられます。
今後の焦点は、以下の三点に集約されます。
- 学習段階における著作物利用の適法性
- 生成物の類似性判断基準の明確化
- AI事業者の責任範囲(直接侵害か間接侵害か)
とりわけ、サービス提供者がどこまで予防措置を講じる義務を負うのかは、今後の判例形成において極めて重要です。
規制か、共存か
バイトダンス社が自主的に制限措置を強化するのか、それとも法廷で争う道を選ぶのかはまだ不透明です。しかし、いずれにせよ、生成AIと著作権の衝突は一過性の問題ではありません。
著作権制度は、本来、創作者へのインセンティブを確保するための制度です。他方、技術革新も社会的利益をもたらします。この二つの価値をいかに調和させるかが、今後の政策設計の核心となります。
重要なのは、単純な「AI対クリエイター」という対立構図に陥らないことです。
生成AIを排除するのではなく、透明性のある学習データ管理、権利者への適切な対価還元、生成物のトレーサビリティ確保といった制度設計が求められます。
終わりではなく、転換点
「ハリウッドは終わるのか」という問いに対する答えは、おそらく「終わらないが、変わる」です。
Seedance 2.0は、映画産業にとって脅威であると同時に、新たな制作ツールでもあります。歴史を振り返れば、サウンド映画の登場、CG技術の進化、ストリーミングの普及など、技術革新は常に既存産業を揺さぶってきました。
今回の生成AI問題も、その延長線上にあります。ただし、今回は著作権という法制度の根幹と直結している点で、これまで以上に重大です。
今後の裁判や立法動向が、創作の未来を左右することになるでしょう。生成AIは映画産業を終わらせるのではなく、産業構造と権利保護の在り方を再定義する触媒となる可能性があります。
Seedance 2.0をめぐる議論は、その最前線に位置しています。
