知財を“守る”から“使いこなす”へ――「知財経営支援ネットワーク」強化が示す中小企業政策の転換点

特許庁や中小企業庁などは、中小企業やスタートアップの知的財産活用を後押しする「知財経営支援ネットワーク」の機能強化に向けたアクションプランを策定し、25日に名古屋市で署名式を開催しました。本取り組みは、知財を単なる法的防御手段としてではなく、経営戦略の中核に位置づける政策的転換を鮮明にするものといえます。

本記事では、今回のアクションプランのポイントと、その政策的・実務的インパクトについて考察します。

「知財経営支援ネットワーク」とは何か

「知財経営支援ネットワーク」は、令和5年に構築された官民連携の支援体制です。現在は以下の5者で構成されています。

  • 特許庁
  • 中小企業庁
  • 独立行政法人工業所有権情報・研修館(INPIT)
  • 日本弁理士会
  • 日本商工会議所

知財に関する制度運用、実務支援、人材育成、地域ネットワークを横断的につなぐ枠組みとして設計されています。

今回の署名式には、河西康之長官や、山下隆一長官らが出席しました。政策レベルでの強いコミットメントが示された形です。

アクションプランの3つの柱

今回のアクションプランは、大きく3つの方向性を打ち出しています。

成長志向企業への重点支援

限られた支援リソースを、成長意欲の高い中小企業・スタートアップに重点的に配分する方針が明確化されました。

これは「広く薄く」から「選択と集中」への転換です。
特に以下のような企業が想定されます。

  • 技術シーズを有する研究開発型企業
  • 海外展開を視野に入れるスタートアップ
  • 知財を軸に資金調達を行う企業

知財は成長企業にとって、競争優位の源泉であり、企業価値評価の重要要素です。重点支援は、政策効果の最大化を狙う合理的な設計といえます。

省庁横断の情報連携強化

これまでの中小企業支援は、制度ごとに縦割りの色彩が強いという課題がありました。

今回のアクションプランでは、

  • 省庁間の情報共有
  • 支援策の横断的活用
  • 販路開拓・新事業進出支援との連動

が掲げられています。

これは、知財を「出願手続きの支援」にとどめず、事業化・市場展開・ブランド戦略まで含めた統合支援へ拡張する動きと評価できます。

知財は取得して終わりではありません。
活用してこそ価値が生まれます。
その前提を制度側がようやく本格的に織り込み始めたといえるでしょう。

「知財経営支援人材」の育成

特に重要なのが、「知財経営支援人材」の育成推進です。

ここでいう人材とは、

  • 知財制度に精通し
  • 経営戦略と知財戦略を結びつけ
  • 中小企業の現場で伴走支援ができる専門家

を指します。

日本の中小企業における最大の課題は、「制度はあるが使いこなせない」点です。
外部専門家への依存度が高く、社内に知財経営の知見が蓄積しにくい構造があります。

今回の方針では、公的支援に依存せずとも企業が自律的に知財経営に取り組める下地づくりを目指すとされています。

これは極めて重要な視点です。
補助金依存型から、自走型への転換を意図していると読み取れます。

なぜ今、知財経営なのか

背景には、いくつかの構造的要因があります。

  • 無形資産重視への世界的潮流
  • スタートアップ政策の加速
  • 価格競争から付加価値競争への転換

企業価値の源泉は、設備や土地といった有形資産から、技術、ブランド、データ、ノウハウなどの無形資産へ移行しています。

知財はその中心に位置します。

特にスタートアップにおいては、特許ポートフォリオや知財戦略が資金調達やM&A評価に直結します。

今回のネットワーク強化は、こうした経済構造の変化に対する政策的適応といえるでしょう。

今後の課題

一方で、実効性を左右する論点も存在します。

  • 支援対象の選定基準は透明か
  • 地方企業にも十分に波及するか
  • 人材育成は量・質ともに確保できるか

制度設計が優れていても、運用が伴わなければ成果は限定的です。

特に地方の中小企業においては、知財に対する心理的ハードルが依然として高い傾向があります。
単なる情報提供ではなく、経営課題と結びついた具体的成功事例の提示が重要になるでしょう。

まとめ:知財を経営の中心へ

今回のアクションプランは、知財政策のフェーズを一段引き上げる試みです。

  • 出願支援中心から経営統合型支援へ
  • 個別支援からネットワーク連携型へ
  • 補助依存から自走支援へ

こうした転換が本格化すれば、日本の中小企業政策にとって大きな転機となります。

今後の焦点は、「制度の強化」が「企業の行動変容」につながるかどうかです。

知財を“守るもの”としてではなく、“攻めの経営資源”として使いこなせる企業がどれだけ増えるのか。
その成否が、日本の中小企業の競争力を左右することになるでしょう。