英国政府が実施したAIと著作権を巡る全国協議の結果は、政策形成における民意と政府案の乖離を鮮明に示しました。11,500人を超える回答者のうち、政府が提示したオプトアウト方式を支持したのはわずか3%にとどまり、圧倒的多数が別の方向性を求めていることが明らかになっています。
政府案の骨子は、AI開発者が原則として著作物をトレーニングに利用でき、権利者側が技術的手段などで利用拒否を示さなければならないという考え方です。これはAI産業の発展を加速させる狙いを持つ一方で、権利者に追加的な負担を課す構造でもあります。そのため、現場で創作活動を行う側からは、権利侵害のリスクを事実上容認するものだという強い反発が生じました。
実際、回答者の88%は、AIが著作物を利用する前に、すべてのケースでライセンス取得を義務付ける制度を支持しています。この数字は、単なる業界ロビーの声ではなく、広範な市民感覚として「事前の同意と対価」が不可欠だと考えられていることを示しています。クリエイティブ産業が政府案に強硬に反対したのも、この感覚と軌を一にするものです。
一方で、テクノロジーセクター、とりわけAI開発者側は、政府案もしくはさらに広い例外規定を支持しています。大量データへのアクセスこそが競争力の源泉であるという現実を踏まえれば、この立場も理解できる部分があります。ただし、今回の協議結果を見る限り、その論理は社会全体の合意には至っていません。
注目すべきは、現行の著作権法を維持すべきだとする意見が7%存在した点です。これは改革自体を否定する声が少数ながらもあることを示しており、拙速な制度変更への慎重論として読み取ることができます。また、知的財産庁が約80人規模のタスクフォースを編成し、AIを用いずに全回答をレビューしたという事実は、この問題に対する政府側の慎重な姿勢を象徴しています。
政府は今後、データ(使用とアクセス)法に基づき、2026年3月18日までに完全な報告書と経済影響評価を公表するとしています。今回の進捗声明は、その前段階として、社会に存在する利害対立と価値観の差を可視化したものだと言えるでしょう。
今回の協議結果が示したのは、AIの発展を望みつつも、創作者の権利と尊厳を犠牲にする形での成長には強い抵抗があるという現実です。英国政府がこの民意をどのように政策へ反映させるのかは、今後の国際的なAI著作権議論にも大きな影響を与える可能性があります。技術と文化の持続的な共存を実現するために、単なる二者択一ではない、より精緻な制度設計が求められているといえるでしょう。
