英最高裁が示したAI特許の新局面― 人工ニューラルネットワークは「発明」になり得るのか ―

2026年2月11日、英国最高裁は、機械学習を可能とする「人工ニューラルネットワーク(ANN)」が特許の対象になり得るとの判断を示しました。これは、AI技術の知財保護に関する議論において、極めて象徴的な判決です。

本件は、英国のAI企業であるEmotional Perception AIが出願したANN関連特許をめぐる争いです。同社の技術は、音楽などのメディアファイルを分析し、ジャンルや個人の履歴情報とは無関係に「感情的反応が類似するコンテンツ」を提示できる点に特徴があります。

一度はUK Intellectual Property Office(英国知的財産庁)が出願を拒絶しましたが、最終的にUK Supreme Courtがこれを覆しました。本判決は、英国におけるソフトウェア特許の枠組みに重要な示唆を与えています。

判決のポイント:ANNは単なるプログラムか

英国特許法は、コンピュータープログラムそれ自体(as such)を特許対象から除外しています。しかし、ハードウェアとの結合によって「技術的効果」を有する場合には特許が認められる余地があります。

最高裁は、ANNは抽象的なアルゴリズムにとどまらず、物理的ハードウェア上でのみ動作し得る技術であると位置付けました。その結果、原則として特許取得が可能であるとの判断を示しました。

ここで重要なのは、「ANNは必ず物理的な装置上で実装される」という点です。AIモデルは数学的構造を持ちますが、実際の運用は半導体回路、メモリ、演算装置などの物理的構成に依存します。最高裁はこの点を強調しました。

技術的効果の再評価

従来、ソフトウェア特許では「技術的効果」の有無が判断基準となってきました。今回の判断は、ANNそのものの構造と機能が技術的性質を持つことを認めた点で画期的です。

特に本件ANNは、人間の感情反応を推定し、それに基づくファイル生成を行う仕組みを備えていました。これは単なる情報提示ではなく、信号処理やデータ変換を伴う技術的処理と評価された可能性があります。

この判断は、AI分野における以下の技術にも波及するでしょう。

  • 深層学習モデルの構造設計
  • 重み最適化手法
  • 推論処理の高速化技術
  • ハードウェア特化型ニューラルネットワーク実装

単なるビジネスロジックや抽象的数学手法とは一線を画すというメッセージが込められています。

英国ソフトウェア特許への影響

複数の知財専門弁護士が指摘しているように、本判決はAIに限らず、英国におけるあらゆるソフトウェア特許出願に影響を及ぼす可能性があります。

今後は、

  • ハードウェアとの不可分性
  • 実装レベルでの技術的寄与
  • 処理対象の物理的・技術的性質

といった観点がより明確に整理されるでしょう。

特にAI関連発明では、「アルゴリズムのアイデア」ではなく、「具体的構成と技術的作用」をどこまで明細書に落とし込めるかが鍵になります。

日本や他国への波及はあるか

英国は欧州特許庁(EPO)とは別の司法判断体系を持っていますが、AI特許の扱いについては国際的に注目されています。

日本においても、AI関連発明は「情報処理の結果として具体的な技術的効果が認められるか」が争点となります。今回の英国最高裁の判断は、各国の実務にも少なからず影響を与えるでしょう。

特に、AIモデルそのものを「構造を有する技術的対象」と捉える視点は、今後の議論を前進させる可能性があります。

今回の判決が示す本質

今回の判断の核心は、「AIは抽象的概念ではなく、技術的構成を持つ実体である」という点を明確にしたことにあります。

AIを単なるソフトウェアとして切り分けるのではなく、物理的計算機上で動作する技術的システムとして評価する。この転換は、AI技術の研究開発を後押しする可能性があります。

一方で、過度な特許の拡張は技術の自由利用を阻害する懸念もあります。今後は、保護と競争促進のバランスが問われる局面に入るでしょう。

おわりに

英国最高裁の今回の判断は、AI時代の特許制度がどの方向へ進むのかを示す重要なマイルストーンです。

ANNが特許対象となり得るという明確なメッセージは、AI企業にとって大きな追い風になります。同時に、出願実務の高度化も不可避です。

AI技術が社会基盤へと組み込まれていく中で、知財制度はどのように進化するのでしょうか。今回の判決は、その議論の出発点になるといえます。