米製薬大手が中国企業に殺到──「新薬争奪戦」の新たな主戦場とは?

パラダイムシフトの予兆

2025年現在、世界の製薬業界では静かに、しかし着実に地殻変動が起きています。米国の製薬大手が、従来の自社開発や欧米M&Aに頼る戦略を転換し、今や新薬の種(候補化合物)を中国のバイオ企業からライセンス取得する動きを急拡大させているのです。

ロイターが報じたデータによれば、2025年上半期だけでこの種の契約は前年比7倍に急増。しかもその総額は最大で183億ドル(約2.6兆円)にも達すると見込まれています。

なぜ今、中国から新薬候補を?

背景には、米製薬業界が直面する「パテントクリフ」という深刻な危機があります。今後10年で2000億ドル相当の医薬品が特許切れを迎える中、それに代わる次の収益柱を急ピッチで探す必要があるのです。

そんななか、中国企業からのライセンス供与は魅力的です。
みずほ証券のアナリストが指摘するように、「米国内よりもはるかに手頃な価格で、非常に質の高い新薬候補」を取得できるからです。

実際に過去5年での契約コストを比較すると、米国内:848億ドルに対し、中国企業:313億ドルと、約3分の1に抑えられています。

中国企業の「質」と「スピード」の進化

注目すべきは、こうした中国企業の供与対象が単なる低分子薬だけでなく、近年はがん免疫療法ファースト・イン・クラス(画期的新薬)といった最先端の分野にシフトしている点です。

これは、中国政府の潤沢なバイオ・製薬分野への研究開発投資の成果でもあります。
肥満・心疾患・がんなど、世界的に需要が高まる疾患領域において、中国勢はすでに革新的な治療候補を次々と創出しているのです。

ヌベーション・バイオのCEOが語るように、中国に拠点を持つことは単なるコスト削減ではなく、「研究開発の高速道路」へのアクセスを意味しています。

M&Aからライセンス契約へ──戦略転換の理由

米製薬業界では、従来の「買収による新薬獲得」から、リスクを分散しつつ迅速なアクセスを可能にする「ライセンス契約型の提携」が主流に変わりつつあります。

マイルストーン支払い(開発進捗に応じた段階的な報酬)によって、失敗リスクを限定できる点も魅力です。これが、M&A件数が前年比20%も減少している理由の一端と考えられます。

米中対立と知財──地政学リスクは障害となるか?

トランプ政権が検討する医薬品への関税導入が業界を揺るがす可能性もありますが、現時点では知的財産は関税対象外とされており、ライセンス契約は継続可能と見る専門家も多いです。

とはいえ、「中国依存」が進むことへの国家安全保障上の懸念も無視できません。今後、米中の政治的緊張がバイオ業界に与える影響も、注視が必要です。

競争か協業か──未来の製薬地図を描くのは誰か?

今後、ライセンス契約における中国発新薬候補の比率が50%近くに達するという予測も出ています。
これまで「後発」とされてきた中国企業は、今や革新の源泉として欧米大手に不可欠な存在となりつつあります。

新薬開発の主戦場は、もはやボストンやバーゼルだけではありません。北京・上海・蘇州が製薬の地政学を塗り替える未来が、そこまで来ているのです。