WTOの代替的上訴機構「MPIA」が、中国の特許差止命令がTRIPS協定に違反すると判断。EUの主張が一部認められたこの裁定は、国際知財秩序における中国のスタンスに改めて光を当てるものだ。本記事では、その背景、判断の意義、今後の影響について掘り下げる。
何が起きたのか?──TRIPS協定違反と判断された中国の司法措置
2022年にEUがWTOへ提訴したのは、中国の裁判所が出した“差止命令”が問題でした。これにより、特許権者は中国国外でも特許権を主張できないという「域外効力」をもつ制限を受けていました。
今回のMPIAは、この中国の措置が「貿易関連知的所有権協定(TRIPS協定)」に違反していると認定し、90日以内の是正を勧告しました。これは、今年4月のWTOパネルがEUの訴えを棄却した判断を一部覆すものです。
MPIAとは何か?──WTO機能不全下の“暫定的救済装置”
今回の判断を下した「MPIA(多数国間暫定上訴仲裁アレンジメント)」は、米国の反対により事実上機能不全に陥っているWTO上級委員会の代替機構です。EUや中国、日本などが参加しており、信頼できるルール仲裁の場として期待されています。
この制度が、米国不在の中で機能し、国際ルールの監視と執行を実質的に担っていることは注目に値します。
判断の背景にあるもの──透明性と知財外交のせめぎ合い
中国は、自国企業の保護を目的として、国外での特許訴訟を抑止する裁判手段を多用してきました。しかしこれは、グローバルな技術取引や交渉において外国企業の正当な知財権行使を妨げるものとなり、欧米との摩擦を生んできました。
今回の判断では、こうした裁判所の行動が不透明で、国際基準に照らして不適切であると認定されたことが意味深いです。
今後の展望──制度修正か対抗措置か?
この判断により、中国は90日以内に措置を見直す必要があります。だが、国内法制度や裁判所の判断を簡単に変えることは難しく、是正措置が不十分であれば、EU側は報復関税などの対抗措置も視野に入れる可能性があります。
同時に、中国としては今後の知財制度改革において、国際的信頼を損なわないよう慎重な対応が求められます。
知財をめぐる新たな多国間対立の兆し
今回のMPIAの判断は、単なる技術論争ではなく、「知財をめぐる外交戦」の一局面です。国際的な知財秩序の中で、中国の存在感と課題があらためて浮き彫りになりました。透明性、公正性、そしてルールへの信頼──その三つが改めて国際知財ガバナンスの鍵となっています。