判決の概要
日本製紙クレシア(「スコッティ」ブランド)は、大王製紙(「エリエール」ブランド)の「i:na(イーナ)トイレットティシュー3.2倍巻」が、自社の長巻きでも使用感を維持するための凹凸加工技術の特許を侵害しているとして提訴しました。
しかし、東京地裁に続き、2025年10月8日の知財高裁判決でも特許侵害は認められず、クレシアの控訴は棄却されました。
裁判所は、クレシア側の「測り方」では大王製紙製品の凹凸が特許の範囲内にあるか不明確だと指摘。つまり、侵害の核心である「技術的同一性」の証明が成り立たないと判断したのです。
「測定方法」が争点になる特許訴訟の難しさ
今回の事案は、単なる「模倣」か否かではなく、微細な凹凸の深さという定量的パラメータが争点でした。
特許侵害を立証するには、相手製品が特許請求の範囲(クレーム)に含まれるかを客観的に示す必要があります。
しかし、測定手法や基準が明確でない場合、「侵害しているかどうか」を裁判所が判断できなくなるのです。
特に紙製品のように物性が環境・湿度・加工条件で微妙に変化する製品では、数μm単位の差が「技術的範囲の内外」を左右します。
今回の判決は、そうした曖昧な境界線に対して、「証明の精度が不十分な特許は保護されにくい」という現実を突きつけたと言えるでしょう。
「長巻き」競争に見る成熟市場の技術戦略
トイレットペーパーという日用品市場で、各社が「長巻き」「柔らかさ」「肌触り」といった差別化を図るのは、もはや技術競争の最前線です。
消費者にとっては単なる「取り換え回数の少なさ」でも、企業にとっては製紙技術・圧縮技術・加工技術の総合力の結晶です。
クレシアと大王という業界2強の対立は、特許権行使というよりも、技術的優位性の可視化戦略の一環と見ることもできます。
今回の結果は、「権利主張の限界」と「技術開発の継続」のバランスをどう取るかという、成熟産業における知財戦略の難題を象徴しています。
今回の判決が示す教訓
- 測定条件・定義の曖昧な特許は、侵害立証が困難になる。
- 外観が似ていても、数値的要件の不明確さが争点となる。
- 知財高裁は「不明確な点は権利者の不利益」と判断する傾向にある。
- 技術文書と試験方法の一貫性が、訴訟での信頼性を左右する。
企業にとっては、「特許を取ること」よりも、「どのように定量化し、立証可能にするか」という観点が今後ますます重要になるでしょう。
権利と証明のあいだで
知財高裁の判断は、日本製紙クレシアにとって厳しい結果でしたが、一方で、技術開発と特許戦略をどう整合させるかという、企業知財の根本課題を浮き彫りにしました。
「紙の厚み数μmの違い」が争われるこの世界では、“見た目の似ている製品”と“特許侵害”は必ずしも一致しない。
今回の判決は、特許制度の中で“どこまでが保護され、どこからが自由競争なのか”という、境界線の難しさを改めて示したケースといえるでしょう。