急拡大する中国インターネットの影:『青書2025』が示す成長と構造転換

2025年11月8日、中国サイバー空間研究院(China Cyberspace Studies Institute)が主導して編さんされた『中国インターネット発展報告2025』および『世界インターネット発展報告2025』が、世界インターネット大会烏鎮サミットで正式発表されました。
この報告書群は、2017年以降9年連続で世界に向けて発表されており、中国のインターネット発展を巡る理論・実践両面の研究成果として国内外から注目を集めています。

報告書の要旨を整理すると、以下のような数値・傾向が提示されています。

  • 中国の固定ブロードバンド加入件数が6億8400万件に達した。
  • 5G基地局は累計455万局、5G携帯電話ユーザー数は11億1800万件に上る。
  • 中国は人工知能(AI)関連特許の世界最大の保有国となり、その比率は世界全体の約60 %に達している。
  • 6G特許出願数は世界全体の約40.3%を占め、首位。
  • また、中国は12年連続で電子商取引(EC)小売市場として世界最大を維持。

これらの数値は、デジタル経済・インフラ・技術競争という観点から「中国のインターネットが量的・質的に次のフェーズへ移行している」ことを強く示唆します。以下、私見も交えて主要な論点を整理します。

インフラの拡張と量的飽和

固定ブロードバンド加入数、5Gユーザー・基地局数というインフラ指標の伸びは目覚ましく、特にモバイル5Gユーザー数が11億超という点は市場規模の巨大さを改めて浮き彫りにしています。
しかし、この「量的拡張」フェーズがいずれ「飽和/成熟化」へ転じる転換点にある可能性も指摘されます。つまり「加入数を伸ばす」から「既存加入者の利用密度向上」「次世代6G・AI活用へ転換」という質的転換期にあると考えられます。

この点で、6G特許出願数が世界の約40%を占めるという指摘は、中国が次世代インフラで先手を取ろうとしていることを示しています。
ただし「特許数=実用化・商用化」と直結するわけではなく、投資・制度・国際連携・市場受容というハードルも併存しています。

技術競争・AI特許の優位

AI関連特許で世界全体の約60%を中国が保有しているという点は、技術競争の文脈で極めて象徴的です。中国は、政府主導・制度整備・企業連携によってAIを国家戦略として推進してきた背景があります。
この展開には、以下のポイントが読み取れます。

  • 国家がインフラ・データ・研究資源を一体的に動かす「統合型イノベーション体制」が機能している。
  • 特許という「ポスト明細書時代」の知財競争が、インターネット・通信・AI領域で激化しており、中国が有利なポジションを確保しつつある。
  • ただし「特許保有」から「国際標準化」「グローバル市場展開」「技術輸出」という次の段階に進むには、対外制度・信頼性・競争政策など複数の課題が横たわります。

デジタル経済・EC市場の拡大と構造的転換

報告によると、中国が12年連続で世界最大のEC小売市場であるという点も見過ごせません。これは単に「巨大な消費市場がある」というだけでなく、「オンライン/モバイル経済が国内経済の中で位置付けを変えつつある」ことを意味します。
中国では「インターネット+リアル経済」「デジタル化による産業構造の高度化」が政策的に掲げられており、この文脈では、ECにとどまらず、デジタル決済、プラットフォーム、デジタルインフラ、物流・配送ネットワークの高度化、さらにはAI・IoTを活用したスマートサービスへの移行が進んでいる可能性があります。

しかしながら「市場拡大」から「収益基盤・国際展開・競争優位性の確立」へと移行するにあたっては、プラットフォーマーの独占・競争制限、データ利用・プライバシー・ガバナンス、海外展開の障壁などの構造的チャレンジも顕著です。

ガバナンス・統制の観点、そして国際的な影響

この種の報告書が示す通り、中国ではインターネット発展・デジタル技術強化が国家戦略と不可分に結びついています。先行研究も指摘するように、インターネットおよびAIをめぐる制度・ガバナンス・統制は、中国のデジタル国家モデルの鍵となっています。
その意味で、今回の青書が「世界インターネット大会」の場で発表されたという事実も、「中国発のインターネットモデル」「デジタル主権」「国際ルールメイキング」への意欲を示すものと読めます。実際、報告書は「共同でサイバースペースの未来を築く」といった言説を伴っており、国際展開を視野に入れています。
ただし、このアプローチには逆風もあります。例えば、地域ごとの情報統制強化・言論規制・技術輸出を巡る懸念などが国内外で指摘されています。
したがって、成長と技術優位の裏側に「統制=ガバナンス強化」が構えており、それが国際社会との摩擦、あるいは技術信頼性という観点でのリスク要因ともなり得ます。

日本・アジアにとっての意味合い

この中国のインターネット・デジタル強化の流れを、日本・アジアの視点から捉えるなら、以下のような示唆があります。

  • 日本企業・アジア企業は、中国市場の巨大性・成長性を改めて認識すべきですが、同時に「競争相手としての中国」「技術・プラットフォームで追い上げを受ける中国」「輸出・国際標準化で存在感を増す中国」という構図を視野に入れる必要があります。
  • デジタルインフラ投資、5G/6G・AI活用・デジタルサービス展開という点で、中国が示す速度感・規模感は「先行モデル」として参考になります。逆に言えば、「国際競争において後れを取らないためには、制度、技術、サービス、標準化の観点で対抗軸を持つ」必要があります。
  • また、ガバナンス・デジタル政策・データ規制・プラットフォーム支配という構造的変化を捉えることが重要です。中国がデジタル化を国家戦略として位置付けてきたように、他国・企業もこの文脈を軽視できません。
  • 最後に、成長優位だけでなく「制度リスク」「規制リスク」「国際信頼性・技術透明性の課題」という“裏側”にも目を向ける必要があります。

『中国インターネット発展報告2025』および『世界インターネット発展報告2025』は、数値としても戦略としても中国のインターネット・デジタル経済強化の「今」を鮮明に示しています。一方でその裏には、制度・統制・ガバナンスの転換という構造的な変化も同時に進行しており、単なる成長ストーリーでは捉えきれないバランスがあります。
日本・アジアの視点からすれば、「成長を取り込む」だけでなく「構造変化を読み解く」姿勢がいま求められていると言えるでしょう。