声の無断生成AI問題と多言語化の現在地――「VIDA」設立が示す、声優業界に訪れた“守り”と“攻め”の二つの転換点――

日本のアニメ産業は世界規模で成長を続け、3兆円産業とも言われるようになりました。海外のファンが字幕版を好む傾向が強いことで、日本の声優は“声”そのものが国境を越える存在になっています。しかしその一方で、声優の待遇は長年改善されず、生成AIによる無断利用やディープフェイクが急速に広がるなど、声をめぐるリスクも同時に増えてきました。

こうした状況の中で設立されたのが「声の保護と多言語化協会(VIDA)」です。AI音声大手 ElevenLabs と協力し、声優・俳優の権利保護と多言語展開の両立を目指すという、これまでにない取り組みが本格的に始動しました。

ディープフェイクの深刻化と、声優が直面する“守れない権利”

声優は法律上「実演家」に区分されますが、現行制度では無断でAI学習に利用されることを完全に防ぐのが難しい状況にあります。近年は、SNSや動画プラットフォームに本人そっくりの偽音声が投稿される事例も増え、「声の海賊版」は現実的な脅威になっています。

ElevenLabs は過去に自社技術がフェイクニュースに悪用された経験から、声の保護技術の開発を優先してきた企業です。「デジタル透かし」や「来歴記録」によって生成音声の出所を追跡できる仕組みを備え、権利者に収益を還元するモデルも整えています。

声優の声が無断でコピーされるのではなく、公式に管理される資産になるという方向性は、業界にとって大きな意味を持ちます。

多言語吹き替えが切り開く、新しい“声優ビジネス”

今回の発表で特に注目されたのが、声優本人の声をそのまま他言語に変換する ElevenLabs の技術です。かないみか氏が実演したように、日本語で話したセリフが英語やスペイン語で本人の声質のまま再現されます。

これは、字幕が読めない子どもや視覚に不安のある人たちに作品が届きやすくなるだけでなく、これまで進出が難しかった地域(南米・中東・アフリカなど)にも作品を届けられるという点で極めて大きな価値を持ちます。

また、過去の名作アニメや実写作品を“新たなキャストを起用せず”に多言語化することができるため、アーカイブ作品の復活にもつながる可能性があります。

声優の南沢氏が「AIをピンチでなくチャンスと捉えるべき」と語った背景には、こうした新しい収益源としての声の活用があります。

声優たちが抱える期待と葛藤

興味深いのは、人気声優たちのコメントに“期待”と“葛藤”の両面が表れていることです。

水島裕氏は、声優が担う「アテレコ文化」の価値を守るべきだと強調しました。
梶裕貴氏は、AIが自分の芝居を再現したときに「それを自分の演技と呼べるのか」という心境を語っています。
山寺宏一氏は「ノーモア無断生成AI」に賛同しつつ、正規利用での多言語化には面白さを感じるとも述べました。

いずれも、声は文化であり、同時に資産でもあるという認識を前提とした発言です。

AIが声を拡張する時代に、声優は新しい役割と向き合うことを求められています。

AIが“声を守り、広げる”時代へ

VIDA の設立は、声優・俳優の声の権利を守るだけでなく、AIを活用してビジネスを拡大するという二つの方向性を同時に実現しようとするものです。

  • 無断生成AIへの対抗(守り)
  • 声の多言語展開による海外ビジネス(攻め)

これらを同じプラットフォームで実現しようとする点は、世界的にも珍しい取り組みです。

また、国内でも NTT西日本「VOICENCE」や、伊藤忠×日本俳優連合の「J-VOX-PRO」など、声の権利保護に向けた動きが活発化しています。これは裏を返せば、海賊版音声が世界で広がっている現状の表れでもあります。

今後、VIDAやAILASなどの業界団体が連携することで、“無断生成をAIで封じる”という新しい常識が日本から生まれる可能性もあります。

おわりに:AIと声優文化は対立ではなく共存へ

AIは声優の仕事を奪うのか、それとも広げるのか――。この問いは、いま世界中で議論されています。

今回の取り組みを見て感じるのは、AIと声優は対立ではなく、適切な権利保護と仕組みづくりがあれば共存できるという視点が徐々に浸透し始めていることです。

声優の声が安全に管理されながら海外に広がり、作品が新たな地域に届き、そして実演家が正当な収益を得られる未来。VIDAが目指す世界は、アニメ業界だけでなく、広くクリエイティブ産業全体に波及する可能性があります。

今後の動向を注視しつつ、AI時代の“声の文化”がどう進化していくかを追っていきたいと思います。