デンマークの製薬大手ノボノルディスクが、米国の遠隔医療サービス企業ヒムズ・アンド・ハーズ・ヘルスを特許侵害で提訴しました。背景にあるのは、肥満症治療薬「ウゴービ」を巡る調剤配合薬の扱いと、その是非です。本件は単なる企業間訴訟にとどまらず、医薬品の知的財産と医療アクセスの在り方という、より大きなテーマを浮き彫りにしています。
調剤配合薬とは何か
今回問題となったのは、ヒムズが販売を計画していた「ウゴービ」の調剤配合薬です。調剤配合薬とは、医師の処方に基づき、患者ごとに用量や形状を調整して薬局が調製する医薬品を指します。米国では、ブランド薬が不足した場合などに、こうした調剤が一定の条件下で認められてきました。
実際、肥満治療薬を含む一部の医薬品は需要が急増し、供給不足に陥った時期がありました。その際、当局は競合品や調剤配合薬の市場参入を事実上容認し、患者への薬剤供給を優先した経緯があります。しかし、供給不足が解消された後も調剤配合薬が流通し続けたことで、製薬企業との摩擦が顕在化しました。
ノボノルディスクの「転換点」
ノボノルディスクはこれまで、模倣品や虚偽広告を理由に商標権侵害で調剤薬局を訴えてきましたが、今回のように米国で特許侵害を正面から主張するのは初めてです。同社法務責任者の発言からは、調剤配合薬の拡大に対する業界内の不満が限界に達している様子がうかがえます。
特に注目すべきは、ヒムズが錠剤タイプの販売を計画した点です。注射剤に加えて錠剤まで登場すれば、ブランド薬との差別化はさらに難しくなり、ノボにとっては自社ビジネスモデルを揺るがす「一線越え」と映った可能性があります。
ヒムズの反論と医療アクセスの論点
一方、ヒムズはこの訴訟を「個別化医療へのアクセスに対する攻撃」だと強く反発しています。価格面で見れば、調剤配合薬はブランド薬よりも大幅に安価で提供されることが多く、医療保険の適用外となりやすい肥満治療においては、患者にとって重要な選択肢となり得ます。
この点で、特許による保護が革新を促す一方、価格や供給の面で患者の負担を増やす側面も否定できません。知的財産の保護と医療アクセスの確保は、常に緊張関係にあります。
今後の影響と業界全体への波及
専門家の指摘にもある通り、今回の訴訟はヒムズだけでなく、他の調剤薬局や関連企業に対しても強い抑止効果を持つと考えられます。特許侵害による損害賠償リスクが明確になれば、セマグルチドを含む調剤配合薬の提供を再考する動きが広がるでしょう。
同時に、この裁判の行方は、米国における調剤配合薬の位置づけや規制の在り方を再定義する契機になる可能性があります。製薬企業、規制当局、医療サービス企業、そして患者の利害が交錯する中で、どのようなバランスが見いだされるのか、今後の展開を注視する必要があります。
おわりに
今回の訴訟は、単なる特許紛争ではなく、「誰が、どのような条件で医薬品を提供できるのか」という根源的な問いを投げかけています。革新を守るための特許と、医療を広く届けるための仕組み。その両立は容易ではありませんが、この問題に対する社会的な議論は、今後ますます重要になっていくと感じます。
