AIが描いた「楽園」には著作権がない──米裁判所の判断
2025年3月18日、米コロンビア特別区巡回区連邦控訴裁判所が、AIが生成した芸術作品には著作権が認められないとの判決を下しました。この裁判は、コンピューター科学者スティーブン・セイラー氏が開発したAI「Creativity Machine」(通称DABUS)が制作した作品「A Recent Entrance to Paradise」の著作権登録を求めたことに端を発します。
この一件は、AIがアートや創造の分野に深く入り込む現代において、「創作とは何か?」という根本的な問いを私たちに突きつけています。
人間中心主義の著作権法
裁判所の判断は一貫してシンプルでした。「著作権法は、人間による創作を前提としている」ということ。判決文を執筆したパトリシア・ミレット判事は、著作権が人間のライフサイクル(生存期間+死後70年)に基づいて設計されている点、また、著作権を財産として管理・譲渡するには法的な主体性が必要であることを指摘しました。
つまり、著作権法の土台そのものが「人間による創作」ありきで築かれており、現行法の枠組みではAIを著作者として認める余地がない、ということです。
「職務著作」としての可能性も否定
セイラー氏は、AIを「被雇用者」とみなし、自身をその「雇用主」として著作権を得るという別のアプローチも試みましたが、これも却下されました。理由は明快で、「AIは契約を結ぶ能力がないため、雇用関係も成立しない」からです。
この判断は、従来の法的構造の中でAIを無理に位置付けようとしても限界があることを示しています。
日本や他国ではどうか? 国際的な分岐点
興味深いのは、日本でも似たような議論が進んでいる点です。東京地裁は2024年、DABUSによる特許出願を却下しつつも、日本政府は「AIを活用した発明」であれば特許を認める方向に舵を切りつつあります。つまり、AIが創作や発明の「支援者」である限りは、知的財産制度の中に取り込む余地があるということです。
一方、米国の裁判所は「立法府の判断を待つべき」として、現行法の枠内にこだわる姿勢を崩していません。
創作の未来は「人間+AI」の協働へ
この判決から読み取れる最大のポイントは、「AI単独では著作権は認められないが、人間と共同であれば可能性がある」という点です。つまり、AIは“道具”としての位置づけにとどまり、人間の創意や意図が介在していることが今後の鍵になります。
それは逆に言えば、AIを用いた創作が無価値なのではなく、「人間がどう関わったか」を証明し、記録することがこれまで以上に重要になるということです。
おわりに:法の遅れか、それとも慎重な一歩か?
AI技術の進化に比べ、法律の整備は一歩遅れているように見えるかもしれません。しかし、今回の判決は拙速な制度変更に警鐘を鳴らす慎重な判断ともいえます。新しいルールを作るには、多くの価値観、倫理観、社会的合意が必要です。
AIが「創作する時代」を迎えた今、私たちは「創作とは誰のものか?」という問いに再び向き合わねばなりません。