Appleが再びアメリカ市場で血中酸素濃度測定機能を解禁したことは、ユーザーにとって朗報であると同時に、医療機器業界とテクノロジー企業の間で続く激しい特許戦争を浮き彫りにしました。本記事では、AppleとMasimoの訴訟の経緯、背景にある産業構造、そして今後の展望について考察します。
AppleとMasimoの対立の経緯
- 2021年
MasimoがAppleを提訴。「Apple Watch Series 6の血中酸素ウェルネス機能が自社特許を侵害している」と主張。結果としてアメリカ市場ではApple Watchに血中酸素機能が搭載できなくなる。
- 2025年8月1日
米国税関・国境警備局(CBP)がこれまでの決定を覆し、Appleに有利な判断を下す。これを受けてAppleは再設計版の血中酸素測定機能をリリース。
- 2025年8月14日
iOS 18.6.1とwatchOS 11.6.1で新機能が米国ユーザー向けに提供開始。
- 2025年8月20日
Masimoが再び訴訟を提起。CBPの判断は「権限を逸脱し、適正手続きに反する」と主張。
法務的な論点
今回の訴訟には2つの大きな争点があります。
- 特許侵害の有無
Appleの「再設計版」が本当にMasimoの特許を回避しているのか。それとも形を変えただけで本質的には同じ仕組みなのか。
- 行政手続きの適法性
Masimoは「CBPがAppleと事前協議を行わず、一方的に決定を覆した」ことを問題視。これは行政手続法や合衆国憲法修正第5条(適正手続条項)違反であると訴えており、単なる特許紛争を超えて行政権限のあり方にまで議論が及んでいます。
産業構造の視点
AppleとMasimoの対立は単なる企業間の争いではなく、次のような大きな文脈を持ちます。
- ウェアラブル機器と医療機器の境界線
Apple Watchは医療機器ではなく「ウェルネス機能」を謳っています。しかし実態として医療に近い機能を提供しており、医療機器メーカーの利益や特許権と衝突しやすい状況にあります。
- 巨大投資と規制の影響
Masimoは、Appleが米国に6000億ドルを投資すると発表した直後にCBPの判断が覆った点を強調。これが「規制と産業振興のバランス」に疑念を投げかけています。
- 利用者への影響
アメリカのユーザーは一時的に血中酸素機能を失い、再び取り戻しました。しかし今後の裁判結果次第では再び利用不可となる可能性があり、消費者にとっても不安定な状況が続きます。
今後の展望
今後のシナリオは大きく3つ考えられます。
- Appleが勝訴し、機能提供が安定化
再設計版が特許を回避していると認定されれば、Appleはウェアラブル市場で優位性を保つ。
- Masimoが勝訴し、機能再停止
血中酸素測定機能は再び無効化され、Appleは莫大な和解金やライセンス料を支払う可能性。
- 和解・ライセンス契約
両社の長期的な消耗を避けるため、ライセンス契約や共同開発に落ち着く可能性もある。
Apple Watchの血中酸素機能をめぐる争いは、単なる特許訴訟にとどまらず、
- 医療とテクノロジーの境界、
- 巨大企業と規制当局の関係、
- 消費者が享受できる機能の安定性
といった重要な論点を浮き彫りにしています。今後の判決は、ウェアラブル機器の未来を大きく左右する分岐点となるでしょう。