はじめに
2026年3月のCox判決を、単純に「ISPが勝った」「海賊版対策が後退した」とだけ読むのは不十分です。むしろこの判決が示したのは、著作権執行の重心が「サービス提供者に事後的な損害賠償責任を負わせる」方向から、「裁判所命令でインフラ層に遮断を担わせる」方向へ移りつつあるということです。実際、最高裁がCoxに有利な判断を示した直後も、議会周辺ではFADPAやBlock BEARD Actを軸に、外国海賊版サイトへのブロッキング制度を前進させようとする動きが続いています。
コックス判決が本当に変えたもの
最高裁が明確にしたのは、寄与侵害責任は「侵害の疑いを知っていたのに接続を止めなかった」というだけでは足りないという点です。判決は、サービス提供者が侵害利用を意図していたことが必要であり、その意図は、侵害を積極的に誘引したか、あるいは当該サービスが侵害向けに調整されたものである場合に限って示されると整理しました。さらに、DMCAのセーフハーバーは責任を生み出す規定ではなく、あくまで免責の枠組みであり、そこに適合しないこと自体から責任を導くことはできないとも述べました。
この整理の意味は大きいです。権利者側から見れば、「侵害を十分に止めなかったISPを訴える」という従来の圧力手段はかなり使いにくくなります。その結果、執行を本気で強めたいのであれば、民事責任の拡張ではなく、ブロッキング命令を明示的に可能にする立法へ向かうのが自然です。今回の判決の後にサイト遮断法案への関心が強まっているのは、偶然ではなく制度設計上かなり筋の通った反応だと言えます。
なぜ次に出てくるのがサイト遮断法案なのか
下院のFADPAは、2025年1月に提出された法案で、特定の外国の侵害サイトまたはオンラインサービスに対するblocking orderを可能にするものです。注目すべきなのは、対象に大手ブロードバンド事業者だけでなく、一定規模以上の公衆DNS解決サービスも含めている点です。その一方で、暗号化DNSのみを提供する事業者やVPN専業事業者などを除外し、また命令はVPN利用そのものを妨げる行為を要求してはならないともしています。加えて、対象サイトが別ドメインや別IPへ移った場合には、命令に追加する仕組みまで置いています。つまり、単なる遮断権限ではなく、「回避を前提にした運用可能な遮断制度」を目指しているわけです。
上院側のBlock BEARD Act討議草案も、外国デジタル海賊版サイトを裁判所が指定し、その後サービスプロバイダに合理的措置を命じる構造を採っています。こちらも、対象サイトが別ドメインや別IPで再出現した場合や回避技術を使った場合に命令を修正できる仕組みを備えており、小規模ブロードバンド事業者を除外する条文も入っています。さらに、報道によれば、2026年前半からTillis氏とLofgren氏は両案を統合する超党派・両院横断の草案作成を進めているとされていますが、その統合条文自体は現時点でまだ公表されていません。したがって、方向性はかなり見えていても、最終形はまだ流動的です。
ロフグレン転換の意味
この流れを象徴しているのが、Zoe Lofgren氏の立場の変化です。Lofgren氏は、自らの2025年の発表で、かつてSOPA成立阻止の中心にいたことを認めたうえで、今回は「オープンなインターネットを壊さず、海外の侵害者に絞って対処する」提案としてFADPAを位置づけています。ここで見えるのは、2011年型の「サイト遮断はそれ自体が禁句である」という政治状況がすでに崩れていることです。現在は、遮断そのものの是非よりも、対象をどこまで限定するか、手続保障をどこまで組み込むか、DNSやVPNをどう扱うかという制度設計の細部が争点になっています。
それでも残る懸念
もっとも、立法へのシフトがそのまま望ましいとは限りません。Sotomayor判事の補足意見は、多数意見のルールではDMCAのセーフハーバーが実質的に空洞化し、ISPが侵害防止のために何もしなくても責任を問われにくくなると懸念しました。他方で、EFFはFADPA型の制度について、SOPA/PIPAの再来であり、過剰遮断や適正手続の欠如、言論への広い影響を招くと強く批判しています。さらに、Library Copyright Allianceも、ACPA討議草案に対する意見書で、デフォルト判断や過剰遮断、利用者保護の不十分さ、憲法上の問題を指摘しています。つまり、判決を批判する立場と、遮断立法を批判する立場は、方向は逆でも「今のままではまずい」という点では一致しているのです。
本件の本質は、執行ポイントがプラットフォーム内部のモデレーションから、接続と名前解決というインフラ層へ下がっていくことにあります。これは権利者にとっては強力な打ち手になり得ますが、同時に、ネットワーク中立性、過剰遮断、第三者被害、将来的な対象拡張といった、より深い制度問題を呼び込みます。FADPAやBlock BEARDが「外国」「海賊版」「裁判所命令」という限定を付しているのは、その危うさを立法者自身も意識しているからだと読むべきです。逆に言えば、その限定が将来も維持されるかどうかこそが本当の争点になります。
おわりに
私の見立てでは、Cox判決は「ISPを救った判決」としてだけでなく、「著作権執行をより明示的なインフラ規制へ押し出した判決」として記憶される可能性が高いです。サービス提供者にとって短期的には勝利でも、中長期では、より直接的で構造的な遮断義務を招く入口になり得ます。権利者側が失ったのは一つの訴訟理論であって、執行強化の意思そのものではありません。これからの本当の論点は、ISPに責任があるかどうかではなく、国家と裁判所がネットワーク層にどこまで介入してよいのか、という点に移っていくはずです。
