TSMC機密情報流出事件と日本企業への波紋──2nm技術争奪戦の最前線で何が起きているのか?

2025年8月、半導体業界に激震が走りました。台湾の世界的な半導体受託製造企業・TSMC(台湾積体電路製造)で、複数の従業員が社内の最先端技術に関する機密情報を不正に取得し、国家安全保障法違反の疑いで拘束されるという重大な事件が発覚したのです。

事件の核心:2nmプロセスという「国家機密」

今回流出が疑われているのは、2025年下半期から量産が予定されているTSMCの2ナノメートル(2nm)プロセス技術。この技術は、半導体製造の最前線に位置するもので、現時点で商用化に至っていない“未来の中核”です。

2nm技術は単なる企業秘密ではなく、国家戦略に直結する重要技術です。TSMCは台湾経済の柱であり、同国の安全保障においても極めて重要な役割を担っています。事件は「産業スパイ事件」であると同時に、経済安全保障を脅かす国家的危機として認識されつつあります。

なぜ2nmが重要なのか?

2nm世代の半導体は、処理性能の飛躍的向上と電力消費の大幅削減を可能にします。これは、AI、量子計算、自動運転、5G/6G通信といった次世代産業の基盤となる技術であり、制した企業・国家がデジタル覇権を握るとも言われています。

この超先端分野には、TSMC、Samsung、Intel、そして日本のRapidusといった一握りの企業しか足を踏み入れていません。だからこそ、情報流出が国家間競争に及ぼす影響は計り知れないのです。

検察の動きと「東京エレクトロン」への捜索報道

台湾高等検察庁は、異常なファイルアクセスを契機にTSMC内部で調査を開始。最終的に6カ所を家宅捜索し、6人の技術者が逮捕。うち2人が勾留されるという本格的な捜査に発展しました。

ここで注目すべきは、「日本東京威力(東京エレクトロン)」にも家宅捜索が入ったという地元紙・聯合新聞網の報道です。現時点で検察や東京エレクトロンからの正式コメントはなく、真相は不透明なままですが、日本企業が関与を疑われているという事実は、重大な外交的・経済的インパクトを孕みます。

国家間の「技術覇権戦争」のリアル

この事件は、単なる企業不祥事ではなく、国家間の経済安全保障・技術覇権争いの一端として見るべきでしょう。米中対立を背景に、サプライチェーンの見直しや先端技術の囲い込みが進む中、台湾や日本もその激流に巻き込まれています。

各国政府が2nm技術の開発・保護に注力するのは、単に経済的利益のためではありません。軍事、宇宙、エネルギーといった国家基幹システムへの応用を見据えているからこそ、その管理は「国家の責任」とされているのです。

日本に突きつけられた課題

もし本当に日本企業が関与していたとすれば、日本の対外信頼性や経済安全保障政策にも深刻な影響が及ぶことになります。Rapidusを中心に日本も2nm開発に乗り出している中、倫理規範と技術管理体制の再点検が求められるでしょう。

政府・業界関係者には、グローバル競争の「法と秩序」のなかでいかに技術力を高め、信頼を築けるかという難題が突きつけられています。

情報流出事件は“氷山の一角”か

この事件は、表面上は数名の技術者による不正行為に見えるかもしれません。しかし、背景にあるのは、国家を巻き込む最先端技術の争奪戦です。日本も決して他人事ではありません。

企業、研究者、政府、それぞれが「倫理・安全保障・技術力」の三軸で世界に信頼される技術立国としての在り方を再確認すべき時に来ているのではないでしょうか。