Valve対Rothschild訴訟判決が示すもの――包括的和解契約とパテント・トロール規制の現在地――

ゲーム販売プラットフォームSteamを運営するValveが、発明家のLeigh M. Rothschild氏および関連企業を相手取って提起した訴訟で、2026年2月17日、裁判所はValveの主張を全面的に認めました。本件は単なる特許紛争にとどまらず、包括的和解契約の法的効力や、いわゆる「パテント・トロール」問題への司法の姿勢を示す事例として注目に値します。

発端は2015年の特許訴訟

問題の出発点は2015年にさかのぼります。Rothschild氏の関連企業であるDisplay Technologiesは、米国特許第8671195号を根拠にValveを提訴しました。同特許はネットワーク経由でのファイル通信プロトコルに関するもので、同時期にはNVIDIAやSamsung、Sonyなども提訴対象となっていました。

その後、ValveとDisplay Technologiesは2016年に包括的和解およびライセンス契約(Global Settlement and License Agreement)を締結します。この契約には、永続的かつ取消不能なライセンス供与や、将来的に侵害訴訟を提起しない旨の合意が盛り込まれていました。いわば「最終解決」を意図した包括契約でした。

再燃した訴訟とValveの反撃

ところが2022年9月、Display Technologiesは再びValveを提訴します。今度は携帯型ゲーム機「Steam Deck」が米国特許第9300723号を侵害していると主張しました。この訴訟は翌月に取り下げられましたが、Valve側はこれを2016年の包括的和解契約違反であると判断します。

そこでValveは2023年7月、ワシントン州西部地区連邦地方裁判所においてRothschild氏個人および関連企業、さらに関与した弁護士らを被告として提訴しました。ここでValveが選択したのは、再度の和解ではなく、契約違反および州法違反を正面から問う戦略でした。

裁判所の判断:契約違反と州法違反の認定

2026年2月17日に下された判決では、裁判所はValveの主張を全面的に支持しました。

まず、2022年の訴訟提起は、2016年の包括的和解契約に対する重大な違反であると認定されました。その結果、約13万ドルの支払いが命じられました。

さらに重要なのは、被告らの行為がワシントン州のパテント・トロール防止法(Washington Patent Troll Prevention Act)および消費者保護法(Washington Consumer Protection Act)に違反すると判断された点です。悪意をもって特許侵害を主張したと評価され、追加の損害賠償も命じられました。

この判断は、単なる契約違反にとどまらず、特許権行使の態様そのものに対して法的責任を明確に認めた点で象徴的です。

パテント・トロール問題への一石

特許制度は、本来、発明者の権利を保護し技術革新を促進するための制度です。しかし、訴訟コストの高さを背景に、企業側が防御よりも和解を選ばざるを得ない状況が存在することも事実です。

Rothschild氏は過去にもオープンソースの画像管理ツールShotwellへの訴訟などを通じて、一部海外メディアから「パテント・トロール」と批判されてきました。もっとも、特許を多数保有しライセンスビジネスを展開すること自体は合法です。問題となるのは、その行使態様が信義則や契約内容、さらには消費者保護法制に反するかどうかです。

今回の判決は、包括的和解契約の拘束力を強く肯定すると同時に、州レベルのパテント・トロール規制法が実際に機能し得ることを示しました。これは、同様の紛争に直面する企業にとって重要な先例となる可能性があります。

「和解」ではなく「正面対決」を選んだ意味

多くの企業は、特許訴訟に直面した場合、コストと時間を考慮して和解を選択します。特に、製品の販売停止リスクがある場合には、事業継続を優先せざるを得ません。

しかしValveは、すでに包括的和解契約を締結していたことを踏まえ、再度の請求に対して法的責任を徹底的に追及しました。その結果、契約違反の確認だけでなく、州法違反の認定まで勝ち取っています。

この点は、単なる金銭的勝利以上の意味を持ちます。企業側が「訴えられたら支払う」という前提を崩し、契約と法に基づいて反撃する姿勢を示したからです。

今後への示唆

今回の判決は、少なくとも以下の三点で重要です。

第一に、包括的和解契約は強い法的拘束力を持つことが再確認されたこと。
第二に、州レベルのパテント・トロール対策法が実効性を持つことが示されたこと。
第三に、特許権の行使が常に保護されるわけではなく、その態様次第では法的責任を問われ得ることが明確になったことです。

特許制度の健全性は、権利保護と濫用防止のバランスの上に成り立っています。今回の判決は、そのバランスを再調整する一つの事例といえるでしょう。

特許は革新を守る盾であると同時に、使い方を誤れば市場を歪める刃にもなり得ます。Valve対Rothschild訴訟は、その両義性を改めて浮き彫りにした象徴的なケースといえるのではないでしょうか。