導入
ドイツ特許商標庁(DPMA)は2026年6月12日、商標出願件数の急増を受け、商標部門における手続き期間が長期化していると公表しました。2025年のドイツ国内商標出願は9万3,291件に達し、前年比で20.8%増加しています。特に中国からの出願は1万27件と前年の3,385件から約3倍に増え、米国からの出願も549件から1,103件へと倍増しました。さらに、2026年も増加傾向は続いているとみられ、1月1日から6月16日までの出願件数は4万4,036件に達しています。一方で、同期間に登録に至った案件は約1万1,200件にとどまり、約4分の3が未登録の状態にあります。
このニュースは、単にドイツ特許商標庁の処理が混雑しているという話にとどまりません。ドイツ市場におけるブランド取得の競争が激しくなり、企業が商標戦略をより早く、より継続的に考えなければならない局面に入ったことを示しています。
商標出願の増加は「市場参入の前倒し」を意味する
今回の出願増加で注目すべき点は、ドイツ国内からの出願だけでなく、中国や米国など国外からの出願が大きく伸びていることです。これは、ドイツ市場が依然として重要な販売市場であり、欧州展開の足掛かりとして重視されていることを示しています。
商標は、商品やサービスを市場に出してから慌てて取得するものではありません。むしろ、商品名、サービス名、アプリ名、ブランドロゴなどを市場投入する前に、先に権利化の見通しを確認しておくべきものです。出願件数が増えれば、それだけ同一または類似の名称が先に出願される可能性も高まります。つまり、商標出願の増加は、ブランド名を検討する段階から商標調査と出願を組み込む必要性が高まっていることを意味します。
特にドイツは、欧州の中でも経済規模が大きく、製造業、IT、消費財、ファッション、食品、医療、サービスなど幅広い分野で重要な市場です。ドイツでの商標取得が遅れると、ドイツ単体の事業だけでなく、欧州全体のブランド展開にも影響が及ぶ可能性があります。
手続き長期化は事業計画上のリスクになる
商標出願の審査期間が長期化すると、企業にとっては「登録されるまで待てばよい」という単純な問題ではなくなります。新商品の発売、展示会への出展、ECサイトでの販売開始、代理店契約、広告宣伝、パッケージ印刷など、ブランド名を前提とした事業活動は多くあります。
登録の見通しが不透明なまま事業を進めると、後から拒絶理由が通知されたり、第三者との抵触が判明したりした場合に、ブランド名の変更、パッケージの作り直し、広告素材の修正、販売停止などの負担が生じる可能性があります。商標出願の遅れは、単なる法務部門の問題ではなく、事業部門、営業部門、マーケティング部門、海外展開部門に影響する経営上のリスクです。
そのため、ドイツでブランド展開を予定している企業は、従来よりも早い段階で商標調査と出願を行う必要があります。少なくとも、販売開始直前に出願するのではなく、ブランド候補を選定する段階で、ドイツ国内商標、EU商標、国際登録のいずれを選択するかを検討しておくことが重要です。
出願人にも「審査を遅らせない工夫」が求められる
DPMAは、手続き期間の長期化に対応するため、オンライン出願の利用、統一分類データベースで定められている用語の使用、照会の必要最小限化などを出願人に求めています。これは、審査庁側だけでなく、出願人側の出願品質も処理速度に影響することを示しています。
商標出願では、商標そのものだけでなく、指定商品・指定役務の記載が非常に重要です。指定商品・指定役務が曖昧であったり、分類が不適切であったりすると、補正や照会が必要となり、手続きがさらに長期化します。逆に、標準化された用語を使い、商品・サービスの内容を適切に整理して出願すれば、余計なやり取りを減らせる可能性があります。
特に海外出願では、日本語の商品・サービス名をそのまま直訳するだけでは不十分な場合があります。現地実務に合った表現に置き換え、分類上の問題が生じにくい形で出願することが重要です。今回のニュースは、商標出願のスピードを左右する要素として、出願書類の作り込みがますます重要になっていることを示しています。
類似商標の監視は「登録後」では遅い
出願件数が増えると、自社ブランドと類似する商標が第三者によって出願される可能性も高まります。ここで注意すべきなのは、商標庁が必ずしも先行商標との抵触をすべて職権で排除してくれるわけではないという点です。
そのため、自社ブランドを守るには、出願して終わりでは不十分です。自社の商標と同一または類似する商標が新たに出願されていないかを継続的に確認し、必要に応じて異議申立てや交渉などの対応を検討する必要があります。
特に、欧州で事業を展開する企業にとっては、ドイツ国内商標だけでなく、EU商標、国際登録、主要国の国内商標を含めた監視体制が重要になります。自社がドイツで商標出願をしていなくても、競合他社や第三者がドイツで類似商標を出願すれば、将来の市場参入や販売拡大に影響する可能性があります。
日本企業に求められる対応
日本企業にとって、今回のニュースから得られる示唆は明確です。ドイツで商品やサービスを展開する可能性があるなら、商標出願を後回しにしないことが重要です。
まず、欧州展開の予定があるブランドについては、早い段階で商標調査を行うべきです。次に、ドイツ国内商標、EU商標、国際登録のどのルートが適切かを検討する必要があります。ドイツだけを重視するのか、欧州全域で保護したいのかによって、選択すべき制度は変わります。
また、出願時には、指定商品・指定役務を丁寧に整理し、標準化された用語をできる限り使用することが望ましいです。これにより、不要な照会や補正の可能性を下げることができます。
さらに、出願後も、競合する商標の出願状況を継続的に監視する体制を整える必要があります。出願件数が増えている局面では、類似商標が現れてから気付くのではなく、早期に発見して対応できる仕組みを持つことが重要です。
おわりに
ドイツ商標出願の急増は、単なる一国の行政手続きの混雑ではありません。グローバル企業がドイツ市場を重視し、ブランド保護を前倒しで進めていることの表れです。
商標は、登録されて初めて安心できるものではなく、出願前の調査、出願時の指定商品・指定役務の設計、出願後の監視までを含めて管理すべき知的財産です。今回のDPMAの公表は、ドイツでの商標取得において、従来以上に早期対応と継続的なウォッチングが重要になっていることを示しています。
ドイツ市場や欧州市場でブランドを展開する企業にとって、商標戦略は事業開始前の形式的な手続きではなく、市場参入リスクを下げるための実務的な防衛策になっています。
