2億6000万元の偽造白酒事件が示すもの――中国の高級酒市場、ライブコマース、知財保護の新たな攻防

はじめに

2026年4月19日、香港メディアの香港01は、中国当局が被害額2億6000万元規模に及ぶ特大の偽造白酒製造・販売ネットワークを摘発したと報じました。摘発されたのは、単なる粗悪品の密造グループではありません。製造、保管、梱包、商標印刷、配送、さらにはライブコマース販売までを一体化した大規模なネットワークであり、しかも「剣南春」や「五糧液」といった中国を代表する有名白酒ブランドを巧妙に模倣していた点が特徴です。

この事件で特に注目すべきなのは、偽造品の中身だけでなく、ブランド表示、製造年表示、販売手法まで精巧に組み立てられていたことです。異体字を使って本物と見分けにくい商標を用い、製造年を偽って「老酒」として演出し、ライブ配信で希少価値を語りながら販売していたとされます。これは、偽造がもはや「似せた商品を作る行為」にとどまらず、「物語を含めた価値の偽装」へと進化していることを示しています。

本件は、中国の高級酒市場の構造、ライブコマース時代の消費者保護、そして知的財産権侵害の新たな局面を考えるうえで、非常に示唆的な事件です。

偽造の対象が「高級ブランド」と「老酒」である意味

今回の事件で偽造対象となったのが、中国国内で高い知名度とブランド価値を持つ白酒であったことは偶然ではありません。高級白酒は、単なる嗜好品ではなく、贈答、接待、投資、収集といった複数の価値を帯びた商品です。特に「老酒」は、年数を重ねたこと自体が価値となり、市場でプレミアム価格がつきやすい領域です。

つまり、偽造者にとっては、単に酒を売るのではなく、「ブランド」と「時間」という二重の価値を盗用できるわけです。中身が本物である必要すら薄く、消費者が購入しているのは味そのものよりも、銘柄、由来、年代、希少性といった象徴的価値だからです。今回のように製造年を1990〜2010年、あるいは1980年代と表示する手口は、その象徴価値を最大限に利用したものといえます。

ここで重要なのは、偽造が高級市場で起こるのは需要が大きいからだけではないという点です。高級市場ほど、購入判断が「信頼」に依存するためです。商品そのものの品質を消費者がその場で判定しにくいからこそ、ブランド、外観、語り、流通チャネルが強い影響力を持ちます。そして、その信頼の仕組みを逆手に取るのが、現代の精巧な偽造ビジネスです。

「商標の偽装」から「価値の演出」へ

報道によれば、製品ラベルには本物と一見区別のつかない酷似文字が用いられていたとされます。これは典型的な商標権侵害の手法ですが、今回の事件の深刻さはそこにとどまりません。製造日を偽り、「数十年寝かせた希少な老酒」という物語を付加して販売していた点に、より本質的な問題があります。

この構造は、現代の偽造が単純な模倣から、消費者心理を精密に設計した“価値演出型”へ移行していることを示しています。商品そのものの見た目を似せるだけではなく、「これはなぜ高いのか」「なぜ今買うべきなのか」という説明まで含めて作り込まれているのです。

とりわけライブコマースとの結びつきは象徴的です。ライブ配信では、出品者の話術、限定感、リアルタイム性、他の視聴者の反応などが購買を後押しします。消費者は冷静に比較検討するというより、その場の空気とストーリーの中で意思決定しやすくなります。そのため、偽造品に「本物らしさ」を与える装置として、ライブコマースは非常に強力です。

これは、EC時代の偽造対策が、商品画像や説明文の監視だけでは不十分であることを意味します。今後は、ライブ配信という動的な販売現場そのものに対する監視や記録、プラットフォーム責任の議論が一層重要になるはずです。

この事件が映し出す中国市場の構造問題

今回摘発されたネットワークは、製造、保管、梱包、商標印刷、配送、販売まで分業化されていました。しかも、製造資格のない業者が食用アルコールと食品添加物を調合した混成酒を生産していたとされます。この点から見えてくるのは、偽造が散発的な地下経済ではなく、かなり組織化・産業化されているという現実です。

つまり、これは「悪質な個人商人の問題」ではなく、サプライチェーンとしての偽造ビジネスの問題です。原料調達、容器や包装材の製造、ラベル印刷、物流、販売チャネル運営が連結されている以上、どこか一カ所を取り締まるだけでは不十分です。摘発後に別ルートで再生しやすい構造を持っている可能性も高いと考えられます。

また、国家市場監督管理総局のデータとして、2024〜25年に全国で摘発された違法販売額1000万元超の商標権侵害事件が30件以上、1億元超の大型事件が11件あったとされていることからも、今回の事件は例外的な一件というより、大規模侵害が継続的に発生している市場環境の一端とみるべきでしょう。

この数字が示しているのは、中国当局の取り締まり強化であると同時に、侵害ビジネスの規模がなお大きいという事実です。厳しく取り締まっているから問題が小さいのではなく、厳しく取り締まってなお、大型事件が相次ぐほど利潤構造が強いということです。

消費者保護の観点から見た危険性

偽造白酒の問題は、知的財産権侵害にとどまりません。食用アルコールや食品添加物を調合した酒を本物と偽って販売していたとされる以上、品質管理、安全性、健康被害の観点からも重大です。

高級酒の偽造は、しばしば「高値でだまされた」という経済的被害として語られがちですが、飲用物である以上、身体への影響が伴う可能性があります。とくに、製造資格のない業者が関与していたという報道内容が事実であれば、衛生管理や成分管理の不備が存在していたとしても不思議ではありません。

さらに厄介なのは、老酒市場では「開封せずに保有する」「贈答用にそのまま流通させる」といったケースもあり得ることです。そうなると、偽造品が一度市場に入り込むと、長期間にわたって真正品と混在し続けるおそれがあります。これは単なる一時的な詐欺被害ではなく、市場全体の信頼を蝕む問題です。

ブランド企業とプラットフォームに求められる対応

この種の事件を受けて、今後より重要になるのは、行政の摘発だけではなく、ブランド企業と流通プラットフォームの予防的対応です。

ブランド企業にとっては、商標権侵害への法的対応は当然として、それ以上に「真贋確認しやすい仕組み」をどう整備するかが問われます。シリアル管理、流通経路の可視化、正規販売チャネルの明確化、真贋照会手段の提供など、消費者が自ら確認できる環境づくりが必要です。高級酒のように外観やストーリーが価値の核になる商品では、真正性の証明そのものがブランド戦略の一部になります。

一方で、ライブコマースやECプラットフォーム側にも責任が問われます。偽造品対策を出品審査や事後削除にとどめず、配信者の本人確認、ブランド商品の販売資格確認、異常な価格設定や訴求文言の検知、過去の違反履歴との照合など、より踏み込んだ管理が必要です。

特にライブ配信は、その場限りの勢いで販売が進みやすく、証拠保全や事後追跡が難しい面があります。そのため、録画保存の義務化や、ブランド権利者による迅速な通報・停止の仕組みを整えることが、今後の実効的な対策として重要になるでしょう。

このニュースから読み取るべき本質

今回の摘発劇を、単なる「中国でまた偽造事件が起きた」と受け止めるだけでは不十分です。本件の本質は、偽造ビジネスが、ブランド模倣、年代偽装、流通設計、配信販売を組み合わせた高度な商業モデルへと進化していることにあります。

そこでは、侵害されているのは商標だけではありません。製品に蓄積された信用、歴史、希少性、さらには販売体験そのものが盗用されています。言い換えれば、現代の偽造は「モノのコピー」ではなく、「価値のコピー」に近づいています。

だからこそ、対策も単純な摘発強化だけでは足りません。真正品の証明、販売チャネルの信頼性確保、プラットフォーム上の販売演出への監視、そして消費者側のリテラシー向上まで含めた、総合的な対応が必要です。

おわりに

2億6000万元規模という今回の偽造白酒事件は、中国の知財保護や食品安全の問題として大きな意味を持つだけでなく、デジタル時代の高級品市場が抱える脆弱性を浮き彫りにしました。ブランド価値が高まれば高まるほど、それを模倣する誘因もまた強くなります。そして、ライブコマースのような新しい販売手法は、正規流通にとってもチャンスである一方、偽造側にとっても強力な武器になり得ます。

今回の事件は、偽造対策を「権利者対侵害者」という二者関係で捉える時代が終わりつつあることを示しています。今後は、行政、ブランド企業、プラットフォーム、消費者のすべてが関与する市場設計の問題として、このテーマを考える必要があります。高級酒市場で起きた今回の摘発は、そのことを非常に鮮明に物語っているように思います。