「喜び」が商標権侵害に――すしざんまい日本酒訴訟が示す、飲食店ブランド管理の落とし穴

はじめに

すし店チェーン「すしざんまい」で提供されていた日本酒「喜び」をめぐり、商標権侵害を認める判決が大阪地裁で言い渡されました。報道によれば、「すしざんまい」を運営する喜代村は、2004年以降、秋田県の酒造会社に製造を依頼した日本酒「喜び」を店舗で提供していました。これに対し、和歌山県の酒造会社の代表は、日本酒などについて登録していた「よろこび」や「喜よろこび」の商標権が侵害されたとして、損害賠償や使用差止めを求めていました。

判決は、ラベル上の送り仮名やふりがなの有無などに一部相違があるとしても、それらは微差にとどまり、誤認混同を生じるおそれがあると判断しました。その結果、喜代村と製造元に対し、連帯して約3100万円の支払いが命じられました。

このニュースは、単に「似た名前の日本酒を出してはいけない」という話にとどまりません。飲食店が自社ブランドの商品を企画し、外部メーカーに製造を委託し、店舗で提供する場面において、商標確認をどこまで行うべきかという実務上の問題を示しています。

問題の中心は「完全一致」ではなく「混同のおそれ」

商標権侵害の判断では、名称が完全に同じかどうかだけが問題になるわけではありません。需要者、つまり商品やサービスに接する一般の消費者が、両者を見たときに出所を誤認するおそれがあるかどうかが重要になります。

今回の報道で注目すべき点は、判決が、送り仮名やふりがなの有無といった違いを「微差」と捉えたことです。つまり、「喜び」と「よろこび」や「喜よろこび」は、表記上は同一ではありません。それでも、日本酒という同種の商品に用いられ、称呼や観念が近いと見られる場合には、消費者が関連商品であると誤解する可能性があると判断され得ます。

商標実務では、見た目、読み方、意味合いの三つの観点から類似性が検討されます。今回のように、漢字表記とひらがな表記が異なっていても、読み方や意味合いが近い場合には、安全とはいえません。むしろ、縁起のよい言葉や一般的に好まれる言葉ほど、多くの事業者が商品名に採用しやすく、商標上の衝突が起きやすいといえます。

店舗内提供でも商標リスクは発生する

今回の件では、日本酒が「すしざんまい」の店舗で提供されていたことがポイントです。店頭で瓶を販売していたか、飲食店内で提供していたかにかかわらず、商品名やラベルが消費者に示される以上、商標としての使用が問題になり得ます。

飲食店にとって、自社限定の日本酒、オリジナルメニュー、コラボ商品、記念商品などは、ブランド価値を高める有効な手段です。しかし、そこに商品名やラベルを付ける以上、通常の商品販売と同じように商標リスクが発生します。

特に日本酒、ワイン、クラフトビール、スイーツ、調味料などは、飲食店が外部メーカーと組んでオリジナル商品を作りやすい分野です。店内提供だから問題にならない、限定商品だから大丈夫、有名チェーンの内部企画だから大丈夫という発想は危険です。

製造元だけでなく提供側も責任を負う可能性

今回、支払いを命じられたのは、製造元だけではなく、「すしざんまい」を運営する喜代村も含まれています。この点は、委託製造やOEM商品の実務において特に重要です。

飲食店側からすれば、「製造は酒造会社に任せていた」「ラベルや商品名はメーカー側が確認していると思っていた」と考えたくなる場面もあるかもしれません。しかし、実際に自社店舗でその商品を提供し、顧客に対して商品名を表示している以上、提供側も商標権侵害の責任を問われる可能性があります。

これは、飲食店に限られません。小売業、宿泊業、観光業、食品ブランド、EC事業者などでも同じ問題が生じます。自社で製造していない商品であっても、自社ブランドの商品として販売・提供する場合には、商標確認を外部任せにしない体制が求められます。

「よくある言葉」ほど確認が必要

「喜び」や「よろこび」のような言葉は、日常的であり、商品名としても使いたくなる表現です。祝い、感謝、幸、夢、和、彩、極、匠なども同じように、食品や酒類の名称として採用されやすい言葉です。

しかし、採用しやすい言葉は、すでに誰かが商標登録している可能性も高い言葉です。一般的な言葉であることは、直ちに自由に使えることを意味しません。特定の商品分野で登録商標として保護されていれば、その分野での使用には制約が生じます。

特に酒類や食品の分野では、縁起のよい言葉、味わいを連想させる言葉、和風の情緒を感じさせる言葉が商品名に多く使われます。そのため、直感的に「普通の言葉だから問題ない」と判断するのではなく、商品分野ごとに商標調査を行う必要があります。

ラベルデザインも名称と一体で見られる

商標リスクは、文字そのものだけで決まるわけではありません。ラベル上でどの文字が目立つか、ふりがなが付いているか、漢字とひらがながどのように配置されているか、商品名としてどの部分が認識されるかも重要になります。

今回の判決でも、送り仮名やふりがなの有無が問題になっています。これは、商品名の判断において、ラベル全体の見え方が重要であることを示しています。

実務上は、商品名を決めた段階だけでなく、ラベルデザインが固まった段階でも確認することが望ましいです。文字の大きさ、配置、装飾、読み方の補助表示によって、消費者が認識する商標が変わることがあるためです。

飲食店・メーカーが取るべき対応

今回のニュースから得られる実務上の教訓は明確です。まず、商品名を決める前に、少なくとも同一・類似の商品分野で先行商標を確認する必要があります。酒類であれば、酒類に関する商標を確認し、食品や飲食サービスとの関係も必要に応じて検討すべきです。

次に、委託製造契約や共同企画契約では、商標確認の責任分担を明確にしておくことが重要です。どちらが名称を提案したのか、どちらが商標調査を行うのか、第三者から警告を受けた場合に誰が対応するのかを曖昧にしておくと、紛争発生時に責任の所在が不明確になります。

さらに、長期間使用している商品名についても、定期的な見直しが必要です。今回の報道では、対象の日本酒は2004年以降提供されていたとされています。長く使っている名称ほど、社内では当たり前のものになり、リスク点検の対象から外れがちです。しかし、使用期間が長いほど、問題が発覚したときの影響額も大きくなる可能性があります。

ブランド価値を守るための商標管理

商標管理は、単なる法務部門のチェック作業ではありません。ブランド価値を守るための経営上の管理です。商品名やラベルは、顧客が商品を記憶し、再注文し、他者に勧めるための重要な接点です。その接点に商標上の問題があると、販売停止、ラベル変更、在庫廃棄、損害賠償、信用低下といった複数のリスクが同時に発生します。

一方で、商標確認を早い段階で行っていれば、名称変更や出願によってリスクを回避できることも多くあります。商品企画の終盤で問題が見つかると修正コストが大きくなりますが、企画初期であれば、別名称への切り替えも比較的容易です。

今回の判決は、飲食店や食品メーカーに対し、商品名の魅力だけでなく、その名称を安全に使い続けられるかを確認する重要性を改めて示したものといえます。

おわりに

「喜び」という言葉は、商品名として前向きで、酒類にもよく合う表現です。しかし、商標の世界では、好ましい言葉であることと、自由に使えることは別問題です。

今回のすしざんまいの日本酒をめぐる判決は、商標権侵害が大企業や専門メーカーだけの問題ではなく、飲食店のメニューやオリジナル商品にも身近に起こり得ることを示しています。外部に製造を委託している場合でも、実際に商品を提供する事業者は、商標リスクから無関係ではいられません。

オリジナル商品や限定メニューは、ブランドの魅力を高める大切な取り組みです。だからこそ、名称やラベルを決める段階で商標確認を行い、安心して使い続けられるブランド資産に育てていく視点が必要です。