中国の半導体知財は「登録」から「戦略資産」へ――IC設計保護規制の全面改正が示す技術自立の次段階

中国政府は、半導体の集積回路における部品や配線の配置を保護する「集積回路配置設計保護条例」を全面的に改正し、2026年10月15日から施行します。改正条例は、独創性に関する申請要件を厳格化するとともに、不適切な登録を取り消す手続、重大な権利侵害に対する懲罰的損害賠償、権利の譲渡・ライセンス・担保利用に関する制度などを整備するものです。2001年に施行された条例にとって、25年ぶりの全面改正となります。

今回の改正は、単に半導体設計の模倣を防止するためのものではありません。中国が、国内企業の設計技術を保護し、その価値を取引可能な知的財産として確立するための法的基盤を整え始めたことを意味しています。

半導体の競争力を左右する「配置設計」

集積回路の配置設計とは、半導体を構成する素子や配線などを、どのように立体的または平面的に配置するかを示す設計情報です。

半導体の性能、消費電力、面積、製造効率などは、この配置設計によって大きく左右されます。製造工場を持たず、設計に特化するファブレス企業にとっては、配置設計を含む設計情報そのものが事業の中核資産となります。

改正条例では、従来型の電子回路だけでなく、光子や量子などの機能を集積する新しい集積回路の配置設計も保護対象に含められました。中国が既存の半導体産業だけでなく、光半導体や量子技術を含む次世代分野まで視野に入れていることが分かります。

「登録件数」よりも「権利の質」を重視

今回の改正で特に重要なのは、登録制度の厳格化です。

申請者は、申請対象となる配置設計が実際の創作活動に基づくものであることを示す必要があります。さらに、新たに「独創性声明」の提出が求められ、提出する図面などにおいて、どの部分に独創性があるのかを明確にしなければなりません。

明らかに要件を満たさない申請は拒絶され、登録後であっても、第三者は不適切な登録の取消しを請求できます。登録が取り消された場合、その権利は当初から存在しなかったものとして扱われます。

これは、形式的な資料を提出すれば権利を取得できる制度から、権利の根拠と範囲を申請段階で説明する制度への転換です。

独創性声明によって、権利者が後から保護範囲を広く主張することは難しくなります。その一方で、登録時に独創的な部分が明確になれば、侵害訴訟、ライセンス交渉、企業買収などにおいて、権利の価値を評価しやすくなります。中国政府の専門家解説も、申請時の負担は増えるものの、確権、権利行使、取引にかかる後続コストを低減できると説明しています。

今回の改正は、知的財産の量的拡大から、権利の質と信頼性を重視する政策への移行を象徴していると考えられます。

懲罰的損害賠償が変える侵害リスク

改正条例は、権利侵害に対する救済も強化しています。

損害賠償額は、権利者が受けた実際の損失または侵害者が得た利益を基準として算定されます。それらを算定することが難しい場合には、ライセンス料の倍数を参考にして決定されます。さらに、侵害の情状が重大な場合には、懲罰的損害賠償が適用されます。

これまで配置設計の権利を取得しても、侵害による損害額を立証することが難しく、十分な賠償を得られないことがありました。今回の改正によって、悪意のある模倣や無断利用に対する経済的な抑止力が強まる可能性があります。

他方で、中国市場で半導体や電子機器を製造・販売する外国企業にとっては、侵害リスクが高まることにも注意が必要です。中国企業が保有する配置設計権の調査だけでなく、自社設計の開発経緯、第三者から導入した設計資産のライセンス範囲、委託先が作成した成果物の権利帰属などを、従来以上に明確に管理する必要があります。

知的財産を「保護する権利」から「活用する資産」へ

改正条例では、配置設計権の譲渡、ライセンス、質権設定に関するルールも整備されました。また、法人などが主導して配置設計を創作した場合、一定の条件を満たす技術者に対して合理的な報奨や報酬を与えることも定められています。

ここから読み取れるのは、配置設計権を単なる模倣防止手段としてではなく、技術取引や資金調達に利用できる経済的資産として位置付けようとする姿勢です。

権利の対象範囲が明確で、無効化されるリスクが低く、侵害時の救済制度も機能するのであれば、金融機関や投資家は、その権利を企業価値の一部として評価しやすくなります。スタートアップは配置設計権を担保に資金を調達し、大企業はライセンスや企業買収を通じて設計技術を取得することが可能になります。

つまり、中国は半導体の知的財産制度を、技術開発、権利化、事業化、資金調達を結び付ける産業インフラへと変えようとしているのです。

米国の輸出規制に対する「国内制度」の整備

中国の半導体産業は、米国による先端半導体、設計ソフトウェア、製造装置などへの輸出規制を受け、国産技術の開発を加速させています。今回の改正条例自体は、技術輸出や海外生産を直接制限する制度ではありませんが、中国政府が国内企業の設計技術を戦略的資産として重視していることを示しています。

技術流出を防ぐためには、まず何が誰の技術であり、どこまでが保護対象なのかを国内法上明確にする必要があります。独創性声明、権利範囲の明確化、譲渡・ライセンス制度の整備は、その前提となる仕組みです。

したがって、今回の改正は輸出管理そのものではないものの、将来的に中国が重要技術の海外移転、外国企業による買収、国外での製造などを管理する場合の基盤になり得ると考えられます。

中国の半導体政策は、海外技術を導入して国内生産を拡大する段階から、国内で生まれた技術を特定し、保護し、活用し、国外への流出を管理する段階へ移りつつあります。

日本企業に求められる対応

日本企業にとって、今回の改正は中国企業だけの問題ではありません。

中国で配置設計権を取得する企業は、出願段階から独創的な部分を説明できる資料を準備する必要があります。設計の変更履歴、作成者、作成時期、使用した既存設計、外部委託の範囲などを記録し、独自開発であることを立証できる体制が重要になります。

中国企業との共同開発や委託開発では、成果物の権利帰属だけでなく、誰が登録を申請できるのか、改良設計を誰が利用できるのか、中国国外で製造・販売できるのかについても、契約上明確にする必要があります。

また、中国企業を買収したり、その技術についてライセンスを受けたりする場合には、登録証の存在だけでなく、独創性声明の内容、創作の経緯、第三者から取消しを請求される可能性まで確認することが求められます。

権利保護が強化されることは、自社技術を守る企業にとっては有利です。しかし、他社の権利を十分に調査しない企業にとっては、懲罰的損害賠償を含む新たな事業リスクとなります。

半導体覇権を支えるのは製造能力だけではない

半導体を巡る国際競争では、製造装置や工場への投資が注目されがちです。しかし、実際の競争力は、回路設計、配置設計、製造プロセス、材料、ソフトウェアなど、複数の知的財産によって構成されています。

今回の条例改正が示しているのは、中国が半導体の自立を、単なる国産工場の建設として捉えていないということです。中国は、国内で生まれた設計技術を見つけ出し、信頼性の高い権利として保護し、ライセンスや担保として活用できる制度を整えようとしています。

中国の半導体知財政策は、「権利を登録する制度」から、「技術を選別し、企業価値へ転換し、国家の競争力として維持する制度」へ移行しつつあります。

10月15日に施行される新たな条例は、その転換を具体化する重要な一歩になると考えられます。