生成AI特許でソフトバンクが世界首位――2985件が映す「AIをつくる企業」から「AIで発明する企業」への転換

2年間で過去10年分を超えた生成AI特許

世界知的所有権機関(WIPO)は2026年7月14日、生成AIに関する世界の特許動向をまとめた報告書を公表しました。2014年から2025年までに公開された生成AI関連の特許ファミリー数では、ソフトバンクが2985件で世界首位となり、中国のテンセントや平安保険、百度などを上回りました。

世界全体でも生成AI関連の特許公開は急増しています。2024年は1万8862件、2025年は3万7808件となり、この2年間だけで5万6000件を超えました。これは2014年から2023年までの10年間の累積件数を上回る規模です。生成AIが研究や実証実験の段階から、製品、サービス、業務システムへ本格的に組み込まれる段階に入ったことが、特許データにも表れ始めています。

今回のランキングで重要なのは、単にソフトバンクの出願件数が多かったという事実だけではありません。生成AIをめぐる企業間競争が、モデルの性能やサービスの利用者数だけでなく、将来の事業領域をどこまで知的財産として押さえるかという競争へ移行していることを示しています。

「2985件」が意味するもの

WIPOが集計しているのは、個々の国に出願された特許を単純に合算した数字ではなく、同じ発明に基づく複数国の出願などをまとめた「特許ファミリー」の数です。また、公開された特許出願を対象としており、すべてが審査を経て特許権として成立したことを意味するものではありません。

ソフトバンクの2985件のうち、2978件は2024年から2025年に公開されたものです。WIPOは、そのほぼすべてが2023年に出願され、2025年に公開されたと分析しています。特許出願は原則として出願から約1年6カ月後に公開されるため、ChatGPTの登場後に始まった研究開発や社内でのアイデア創出が、時間差を伴って特許統計に現れたと考えられます。

したがって、今回の首位は、長年にわたって少しずつ積み上げた結果というより、生成AI時代の到来を受けて短期間に形成された集中的な特許ポートフォリオと見るべきです。これは、ソフトバンクが生成AIを一時的な事業テーマではなく、グループの将来を左右する基幹技術として位置付けていることの表れでもあります。

インフラから業務アプリまでを押さえる垂直統合戦略

ソフトバンクグループのAI戦略は、特定の生成AIモデルを開発することだけに限定されていません。米国でAIインフラを構築する「スターゲート計画」への参画、OpenAIへの大規模投資、日本語大規模言語モデル「Sarashina」の開発、GPU計算基盤やデータセンターの整備など、AIの基盤からモデル、サービスまでを広く対象としています。

WIPOも、ソフトバンクについて、通信と投資を中心としてきた企業グループが、インフラ、モデル、アプリケーションにまたがる垂直統合型のAI戦略を進める「新しいタイプの生成AI特許保有者」であると評価しています。

通信子会社のソフトバンクが取り組むAI-RAN、AIを活用したコールセンター、企業向けAIエージェントなども、この垂直統合戦略の延長線上にあります。通信ネットワーク、計算資源、AIモデル、法人顧客との接点を自社グループ内に持つ企業にとって、それぞれの階層で生まれる技術を特許化することには大きな意味があります。

基盤モデルの性能で競争するだけでなく、AIを実際の通信設備や業務システムに組み込む際に必要となる制御、運用、セキュリティー、ユーザーインターフェースなどを権利化できれば、AIが社会実装されるほど特許ポートフォリオの価値が高まる可能性があります。

全社員を「発明の起点」にする仕組み

ソフトバンクの特許急増を支えているのは、研究開発部門だけではありません。同グループは2023年から社員向けの生成AI活用コンテストを開催しており、2026年1月までに累計26万件を超えるアイデアが提案されています。優れた案については、事業化や社内導入だけでなく、特許出願につなげる仕組みも整えられています。

この取り組みは、生成AI時代における発明の生まれ方が変化していることを示しています。従来、企業の特許は研究所や技術開発部門から生まれることが中心でした。しかし、生成AIやAIエージェントは、営業、顧客対応、人事、経理、法務、ネットワーク運用など、あらゆる職種の業務に入り込んでいます。

現場の社員が日常業務の課題を発見し、それをAIで解決する方法を考案すれば、その仕組みが発明の着想になる可能性があります。つまり、AIを使う社員を増やすことが、業務効率化だけでなく、発明候補を継続的に生み出す仕組みにもなっています。

ソフトバンクの強みは、社員にAIツールを配布したことだけではありません。アイデアの募集、選考、実証、事業化、特許化という一連の流れを組織内に構築したことにあります。2985件という数字は、研究開発力だけでなく、社内のアイデアを知的財産へ変換する仕組みの規模を示しているともいえます。

特許35件のOpenAIが競争で劣っているわけではない

一方、ChatGPTを開発したOpenAIの特許出願は、WIPOの報告書では2025年末時点で世界全体でも35件にとどまっています。OpenAIの出願は、マルチモーダルインターフェース、コード生成、画像生成、文章編集など、具体的な製品機能を中心としており、基盤モデルの構造そのものを広範に特許化する方針ではないとされています。

WIPOは、OpenAIが特許よりも営業秘密と開発・実装のスピードを主要な競争力として重視し、特許を補完的に利用している可能性を指摘しています。

この違いは、特許件数がそのままAI技術力の順位を示すわけではないことを物語っています。特許を取得するためには、技術内容を一定程度公開する必要があります。技術革新が極めて速く、数カ月でモデルや実装方法が更新される分野では、出願から権利化までに時間を要する特許よりも、技術を秘密として管理しながら早く市場へ投入する方が有利な場合もあります。

これに対して、通信設備、データセンター、法人向けシステムなど、長期間利用される設備やサービスを展開する企業にとっては、将来の事業領域を特許によって確保する重要性が高まります。OpenAIとソフトバンクの件数差は、技術力の差というより、事業構造と知的財産戦略の違いとして理解する必要があります。

中国勢の強さと日本の急上昇

上位10組織のうち6組織は中国企業または中国の研究機関でした。中国ではテンセント、平安保険、百度のようなデジタル企業に加え、中国科学院、浙江大学、国家電網なども上位に入っています。

特に国家電網が1144件を保有していることは、生成AIの利用領域が文章や画像の生成にとどまらず、電力網の最適化、設備の予知保全、インフラ計画などへ広がっていることを示しています。中国の発明者による生成AI関連特許ファミリーは、2024年から2025年だけで4万3000件を超えました。

日本は生成AI特許の発明地として、韓国を抜いて世界3位に浮上しました。2023年の398件から2025年には3835件へ増加し、年平均成長率は210%となっています。ただし、WIPOはこの急上昇の大部分がソフトバンクの出願によるものであり、ソフトバンクを除けば日本の伸びは大幅に小さくなると指摘しています。

今回の結果は日本のAI競争力にとって明るい材料ですが、日本企業全体の取り組みが一様に進んでいることを意味するものではありません。むしろ、一社の大規模な出願活動によって国全体の順位が大きく変わるほど、企業間の知財戦略に差が生じていることを示しています。

件数競争の次に問われる特許の質

もっとも、大量の特許出願には課題もあります。特許の価値は件数だけでは決まりません。権利範囲の広さ、無効になりにくい明確さ、実際の製品やサービスとの対応関係、競合企業による回避の難しさ、海外での権利化状況などによって、事業上の価値は大きく変わります。

WIPOによると、2025年に公開された生成AI特許ファミリーのうち、複数の国・地域で公開された国際的な特許ファミリーは約9%にとどまっています。生成AI関連の出願の多くは、現時点では国内市場を中心としたものか、海外展開の判断に至っていない比較的新しい出願であると考えられます。

ソフトバンクの大量出願についても、今後はどの出願を日本国外へ展開し、どの権利を中核事業の防衛やライセンス交渉に利用するかが問われます。2985件のすべてを均等に維持するのではなく、事業性、技術的重要性、競合状況に応じて選別し、強いポートフォリオへ組み替えていく必要があります。

日本企業に求められる「AI時代の知財経営」

今回の報告書から日本企業が学ぶべきことは、単純に生成AI特許の出願件数を増やすことではありません。重要なのは、AIの利用、技術開発、事業化、知的財産化を一つのプロセスとして運用することです。

生成AIの導入を業務効率化だけで終わらせず、現場で見つかった新しい利用方法を収集し、発明として評価する仕組みが必要です。そのうえで、すべてを特許出願するのではなく、外部から模倣を把握しやすい技術は特許、公開による不利益が大きい技術は営業秘密、業界全体への普及が重要な技術は標準化といった形で、保護方法を使い分ける必要があります。

さらに、モデル単体だけを見るのではなく、データの収集、学習、推論、ユーザーとの対話、外部システムとの連携、セキュリティー、運用監視まで含めて、AIサービスのどの部分に競争力があるのかを見極めることが重要です。生成AIの価値が社会実装へ移るほど、こうした周辺技術や運用技術の重要性は高まります。

2985件が示す競争軸の変化

ソフトバンクの世界首位は、同社が世界で最も優れた生成AIモデルを開発したことを意味するものではありません。しかし、生成AIを活用して発明を生み出し、それを短期間で知的財産として蓄積する体制を構築した点では、世界でも突出した存在になったといえます。

生成AIの競争は、性能の高いモデルを開発する競争から、AIを企業活動のあらゆる場面へ組み込み、そこから生まれる技術と事業を継続的に保護する競争へ広がっています。

今後の企業価値を左右するのは、AIを保有しているかどうかだけではありません。社員がAIを使って新しい仕組みを生み出し、その成果を事業、データ、ノウハウ、特許として蓄積できるかどうかです。

ソフトバンクの2985件は、生成AI時代における知的財産が、研究開発部門だけの成果ではなく、企業全体の活動から生み出される経営資源になりつつあることを象徴しています。