45万件の特許授与が示すもの――中国の知財政策は「権利取得」から「産業・金融インフラ」へ

中国国家知識産権局は2026年7月29日、同年上半期に国内で授与された発明特許が45万3千件、登録を認められた商標が205万5千件に達したと発表しました。地理的表示(GI)産品は64件が新たに認定され、集積回路配置設計についても5,061件の登録証書が発行されています。さらに、国家級知的財産権保護センター2カ所と迅速権利保護センター6カ所の新設が承認され、特許や商標を担保とする融資を利用した企業は全国で1万9千社を超えました。

これらの数字から見えてくるのは、中国が単に大量の特許や商標を生み出す「知的財産大国」であるだけでなく、知的財産を産業政策、企業金融、地域ブランド、紛争処理まで結び付ける社会インフラとして整備しつつある姿です。

注目すべきは45万3千件という「量」だけではない

上半期に45万3千件の発明特許が授与されたことは、中国における研究開発活動と権利化活動の規模を示しています。しかし、特許の件数だけを見て中国の技術力を評価するのは適切ではありません。

より重要なのは、権利の中身と権利者の構成です。

2026年6月末時点で、中国国内の高価値発明特許の保有件数は236万件に達し、人口1万人当たりでは16.8件となりました。また、有効な発明特許を保有する国内企業は57万4千社で、その保有件数は425万4千件に達し、国内全体の74.8%を占めています。企業が中国の特許創出における中心的な主体となっていることが分かります。

さらに、人工知能、インターネット、クラウドコンピューティング、ビッグデータなどの次世代情報技術分野に属する有効発明特許は、全体の16.5%を占めています。中国の特許蓄積が、製造技術だけでなく、デジタル産業やデータ駆動型ビジネスの基盤領域にも広がっていることを示す数字です。

したがって、中国の知財動向を分析する際には、単年度の授与件数だけでなく、高価値特許の比率、企業による保有状況、対象となる技術分野、実際の製品やサービスへの実装状況を併せて見る必要があります。

特許・商標・GI・半導体を一体的に扱う知財政策

今回発表された統計には、発明特許だけでなく、商標、地理的表示、集積回路配置設計が含まれています。

これは、中国の知財政策が先端技術の保護だけを目的としているのではなく、製品、サービス、地域産業、農林水産品、半導体産業までを包括する政策として設計されていることを表しています。

特に、上半期の商標登録件数が205万5千件に達したことは、中国市場におけるブランド競争の激しさを示しています。中国では、技術的な優位性を特許で保護するだけでなく、商品名、サービス名、ロゴ、シリーズ名などを商標として早期に確保する必要性が一段と高まっています。

また、地理的表示は、地域産品の名称を保護する制度であると同時に、地方経済、輸出振興、観光、農業政策を結び付けるブランド政策でもあります。地理的表示を知的財産制度の中で積極的に保護することは、地域産品を単なる商品ではなく、模倣困難なブランド資産として育成することにつながります。

集積回路配置設計の登録証書が上半期だけで5,061件発行されたことも、半導体を重視する中国の産業政策との関係で注目されます。特許だけでは十分に保護しにくい半導体チップの回路配置について、専用の権利制度も併用しながら保護範囲を構築しようとしていると考えられます。

保護センターの増設は「権利取得後」を重視する動き

国家級知的財産権保護センター2カ所と迅速権利保護センター6カ所の新設が承認されたことも、今回のニュースの重要な点です。

知的財産権は、登録されただけでは十分な価値を持ちません。侵害を早期に発見し、迅速に差止めや紛争解決を行える環境があって初めて、企業にとって実効性のある経営資源になります。

中国は、審査や登録の処理能力を高めるだけでなく、地域や産業ごとに迅速な権利保護を行う拠点を整備しています。これは、知財政策の重点が「どれだけ多くの権利を取得したか」から「取得した権利をどれだけ迅速かつ有効に行使できるか」へ移っていることを示しています。

権利保護手続が迅速化すれば、中国企業にとっては模倣品や侵害品への対応が容易になります。一方、中国市場に参入する外国企業にとっては、第三者の権利を侵害した場合に、従来よりも早い段階で販売停止や事業上の制約を受ける可能性が高まります。

日本企業にとっても、中国で製品を販売する場合だけでなく、中国で製造、調達、展示、実証実験、オンライン配信などを行う場合には、事前の特許・商標調査がこれまで以上に重要になります。

知的財産が「融資の担保」になる

今回の発表で特に注目したいのが、特許や商標を担保とする融資を利用した企業が1万9千社を超えたという点です。

製造設備や不動産などの有形資産が少ないスタートアップや研究開発型の中小企業は、優れた技術を持っていても、金融機関から融資を受けにくい場合があります。そこで、企業が保有する特許権や商標権を担保として評価し、融資につなげるのが知的財産権質権融資です。

中国では、知的財産権質権融資を、科技型中小企業などの資金調達を支援する政策手段として推進しています。国家知識産権局などは、金融機関、保険会社、評価機関、地方政府を連携させ、知的財産を担保とした融資の仕組みを整備してきました。

この動きが意味するのは、特許や商標が「他社による模倣を防止する権利」にとどまらず、「企業の信用を補完し、資金を調達するための資産」として扱われ始めていることです。

企業にとっては、知的財産の取得方針も変わります。事業と直接関係しない特許を大量に保有するだけでは、金融機関や投資家から高く評価されるとは限りません。技術の市場性、権利範囲の広さ、無効化されにくさ、残存期間、海外展開との関係、ライセンス収益の可能性などが問われることになります。

知財部門には、出願件数を管理するだけでなく、各権利が事業価値や企業価値にどのように貢献するかを説明する役割が求められます。

「知財の量産」から「知財の循環」へ

中国は長年、特許出願件数や商標出願件数の多さで注目されてきました。その一方で、権利の質、休眠特許、補助金目的の出願などについては、たびたび課題が指摘されてきました。

現在の政策は、こうした量的拡大の段階から、質の向上、事業化、金融活用、迅速な権利保護へと軸足を移そうとしているように見えます。

中国では、全国の大学や研究機関が保有する多数の特許を点検し、企業への移転やライセンスにつなげる取組も進められています。2025年までに、2,700を超える大学・研究機関が保有する約134万9千件の既存特許について棚卸しが行われ、全国の特許譲渡・ライセンス届出件数も政策実施前に比べて増加しました。

発明が生まれ、特許として登録され、その特許が企業へ移転され、製品化され、融資や投資を呼び込み、得られた資金が次の研究開発に投入されるという循環を形成することが、中国の知財政策の次の目標だと考えられます。

日本企業に求められる三つの対応

第一に、中国特許の継続的な監視が必要です。

中国企業の有効発明特許は増加を続けており、人工知能、クラウド、データ処理など、業種を問わず利用される基盤技術に関する権利も蓄積されています。中国企業を単なる製造委託先や販売先として見るのではなく、重要な特許権者として評価する必要があります。

第二に、特許と商標を分離しない知財戦略が重要です。

技術を特許で保護していても、製品名やサービス名を第三者に先取りされれば、中国市場で同じブランドを使用できなくなる可能性があります。製品開発、特許出願、商標出願、中国語ブランド名の決定を並行して進める体制が必要です。

第三に、中国企業との取引では知財の資産価値を確認する必要があります。

提携先や投資先が多数の特許を保有していても、それらが実際の事業を保護しているとは限りません。共同開発、出資、買収、ライセンス契約では、権利の有効性、帰属、担保設定の有無、共同出願人の存在、実施許諾の状況などを確認する必要があります。

特に、特許や商標が融資の担保に設定されている場合、事業提携や権利譲渡に制約が生じる可能性があります。中国における知財デューデリジェンスでは、権利の登録状況だけでなく、質権などの権利負担についても確認することが重要です。

件数の大きさだけでは評価できない

もっとも、45万3千件という授与件数や、1万9千社という融資利用企業数だけから、政策の成否を判断することはできません。

特許が実際に製品やサービスへ利用された割合、ライセンス収入、担保評価額、融資後の企業成長、権利行使の実効性などについても検証が必要です。登録件数が増加しても、権利範囲が狭かったり、事業との関係が弱かったりすれば、企業競争力には直結しません。

また、知的財産を担保として融資する仕組みでは、技術の陳腐化、特許無効、権利評価のばらつき、処分市場の不足といった問題もあります。利用企業数の増加は制度の普及を示しますが、それだけで知的財産の評価・金融システムが完成したことを意味するわけではありません。

それでも、中国が権利の創出、保護、流通、金融活用を一体的に整備している方向性は明確です。

中国の知財政策は産業政策そのものになる

今回発表された45万3千件の発明特許授与は、中国の知財活動の規模を示す分かりやすい数字です。しかし、このニュースの本質は、その数字の大きさだけにはありません。

商標によって企業やサービスのブランドを保護し、地理的表示によって地域産業を育成し、集積回路配置設計によって半導体産業を支え、保護センターによって権利行使を迅速化し、特許や商標を担保として企業へ資金を供給するという一連の仕組みにこそ、中国の狙いがあります。

中国において、知的財産は既に法務部門だけが扱う権利ではありません。研究開発、産業育成、地域振興、企業金融、国際競争をつなぐ経済インフラになりつつあります。

日本企業も、中国の特許件数を単なる統計として眺めるのではなく、自社の技術開発、ブランド戦略、サプライチェーン、資金調達、提携・買収に影響を与える経営情報として捉える必要があります。

中国の知財政策を理解することは、中国企業の技術力を知ることだけではありません。中国がどの産業を育て、どの企業に資金を流し、どの市場で競争力を高めようとしているのかを読み解くことでもあるのです。