BGM使用料は「作った人」から「演じた人」へ――レコード演奏・伝達権が変える日本音楽の対価還元

導入

政府は2026年5月15日、著作権法の一部を改正する法律案を閣議決定しました。今回の改正案の柱は、レストラン、店舗、商業施設などで音楽CDや配信音源がBGMとして利用された場合に、歌手、演奏家、レコード製作者などにも対価が還元される仕組み、いわゆる「レコード演奏・伝達権」を新たに導入することです。これまでBGM利用の対価は主に作詞家・作曲家側に向かう仕組みとして理解されてきましたが、今回の改正は、録音された音を実際に歌い、演奏し、制作した側にも収益を分配する制度基盤を整えるものです。文部科学省も、海外では広く導入されている制度が日本では未整備であり、日本のアーティスト等が海外で楽曲を利用されても適切な対価を得にくい課題があったと説明しています。

「楽曲」ではなく「音源」に価値を認める改正

今回の改正の重要性は、単にBGM使用料の分配先が増えるという点にとどまりません。より本質的には、楽曲そのものの創作だけでなく、「録音された音源」を作り上げる実演や制作にも独立した経済的価値があることを、制度として明確に認める方向に進んだ点にあります。

同じ楽曲であっても、誰が歌うか、どのような演奏で録音されるか、どのような音作りがなされるかによって、商業的な価値は大きく変わります。店舗で流れているBGMが空間の雰囲気を作るとき、そこで消費されているのは「メロディー」や「歌詞」だけではありません。歌声、演奏、アレンジ、録音、ミックス、レコード会社による制作投資などが一体となった音源そのものです。

その意味で、レコード演奏・伝達権の創設は、音楽産業における価値の捉え方を、作詞・作曲中心のモデルから、実演・録音・制作を含む音源中心のモデルへ広げる改正といえます。

海外展開における「取りこぼし」を防ぐ制度基盤

今回の法整備が特に重要なのは、日本国内のBGM使用料だけでなく、日本の音楽が海外で利用された場合の対価還元にも関係する点です。文部科学省は、日本で制度が未整備だったため、日本のアーティスト等が海外で楽曲を利用されても適切な対価を得ることができない課題があったと説明しています。

これは、日本の音楽が海外で聴かれる機会が増えている現在、見過ごせない問題です。アニメ、ゲーム、アイドル、J-POP、シティポップなど、日本発の音楽コンテンツは国境を越えて消費されています。しかし、海外で利用されているにもかかわらず、国内制度が十分に整っていないために、実演家やレコード製作者への還元が十分に機能しないのであれば、海外展開の成果を産業全体に戻す循環が弱くなります。

海外で人気が出ること自体は重要ですが、それだけでは持続的な産業成長にはつながりません。人気、利用、徴収、分配、再投資という循環が整って初めて、アーティスト活動や制作環境の強化につながります。今回の改正は、その循環を支えるためのインフラ整備として位置付けるべきです。

サポートミュージシャンにも意味がある

この改正は、表に立つ歌手やメインアーティストだけでなく、演奏に参加するミュージシャン、スタジオワークを支える実演家にとっても意味があります。

音楽の現場では、作品の印象を決定づける演奏や歌唱が、必ずしも大きな印税収入に結びついてきたわけではありません。特にサポートミュージシャンやセッションミュージシャンは、録音時の報酬を受け取った後、音源が長く利用されても継続的な還元を受けにくい構造に置かれがちです。

もちろん、具体的な分配の仕組みや契約関係によって実際の受け取り方は変わります。しかし、少なくとも制度の方向性として、録音物の利用から生じる価値を実演家側にも戻していくことは、音楽制作の裾野を支えるうえで重要です。派手なヒット曲の背後には、多数の演奏家、制作スタッフ、レコード会社の投資があります。そこに対価が戻る仕組みを整えることは、次の作品を生む土壌を厚くすることにつながります。

店舗側の負担増という論点

一方で、BGMを利用する飲食店や小売店などにとっては、負担増となる可能性があります。報道でも、海外の商業施設などで日本の人気曲が流れた場合に歌手らが対価を得られるようになる一方、BGMを利用する飲食店などにとっては負担増となると指摘されています。

この点は、制度の周知と運用設計が重要です。音楽利用の対価還元は必要ですが、利用者側から見て制度が複雑すぎたり、突然の負担として受け止められたりすれば、反発を招く可能性があります。特に中小規模の店舗では、BGM利用の法的意味を十分に理解していないケースもあります。

したがって、制度導入にあたっては、誰が、どのような利用について、どの程度の負担を負うのかを分かりやすく示す必要があります。対価還元の正当性を高めるためには、徴収の合理性と分配の透明性が欠かせません。

「権利を増やす」だけでは不十分

今回の改正は前進ですが、権利を創設するだけで十分とはいえません。重要なのは、その権利が実際に機能するかどうかです。

制度が実効性を持つためには、利用実態の把握、徴収団体の運用、海外団体との相互的な分配、権利者情報の管理、サポートミュージシャンへの分配方法など、多くの実務的課題があります。特に海外利用に関しては、日本側に制度ができたからといって自動的に十分な還元が実現するわけではありません。海外の管理団体との連携や、権利情報の整備が伴って初めて、制度の効果が現れます。

また、分配の透明性も重要です。アーティストや演奏家が、自分の音源利用に基づく対価がどのように計算され、どのように分配されたのかを理解できなければ、制度への信頼は高まりません。今回の改正はゴールではなく、実務運用を整えていくスタートラインです。

日本の音楽産業にとっての意味

今回の法整備は、日本の音楽産業が「海外で聴かれる時代」に対応するための制度改正といえます。

これまで日本の音楽は、国内市場の大きさに支えられてきました。しかし、ストリーミング、SNS、動画配信、アニメ配信の拡大により、音楽の流通は国境を越えています。日本の楽曲が海外の店舗、イベント、動画、商業空間で利用される機会が増えるほど、国際的な権利処理の整備は避けて通れません。

コンテンツの海外展開というと、どうしてもプロモーション、翻訳、マーケティング、ライブ展開に注目が集まります。しかし、権利処理と対価還元の制度が弱ければ、海外での成功が国内の制作現場に十分戻ってきません。今回の改正は、表には見えにくいものの、日本の音楽産業の国際競争力を支える基礎工事のような意味を持っています。

まとめ

レコード演奏・伝達権の創設は、BGM使用料の分配対象を広げるだけの改正ではありません。音楽を「作った人」だけでなく、「演じた人」「録音した人」「音源として世に出した人」にも価値があることを、制度として再確認する改正です。

日本の音楽が海外で聴かれる機会が増えるなかで、対価が実演家やレコード製作者に戻る仕組みを整えることは、産業政策としても重要です。もちろん、店舗側の負担、徴収・分配の透明性、海外団体との連携など、実務上の課題は残ります。それでも、今回の改正案は、日本の音楽産業を「国内で売る産業」から「海外で利用され、その成果を国内に還元する産業」へと移行させるための重要な一歩です。